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1 優秀な男爵令嬢

本日より新連載スタートです。


よろしくお願いします。

「お願いです。俺の……俺の妹を……助けてください。妹はきっと俺の分まで殴られているんだ。俺はもうダメです。どうか、どうか、妹を……」


 少年はそのまま意識を失った。ボロボロの服で痩せっぽっちの浮浪孤児であるその少年の 空っぽだと思われたバッグには、本人のものと思われる名前が書かれた紙があった。


 その名前には、貴族の姓が書かれていた。


〰️ 〰️ 〰️


 スピラリニ王国は、とても珍しい州制度を用いている国である。

 王家管轄領地以外の二十州をまとめるのは、公爵家二家、侯爵家五家、伯爵家十三家である。それぞれの州の中に子爵家男爵家の領地が存在する。

 数十年前には、横暴な高位貴族家の取り立てに子爵家男爵家が苦しみ、反乱を起こしたという事件もあったが、それを機に国王陛下が目を光らせてくれることになった。

 今では国内はとても平和な国である。


 対外的にも、隣接している国々とは今のところ争いの種はない。大陸自体はまだまだ未開発な領地もあり、各国とも特に隣と戦争をしてまで領地を奪う必要も感じていないのだ。


 スピラリニ王国の王都より少し北に位置するティエポロ侯爵州は、夏は比較的涼しく冬は雪は降るが積雪はさほど多くはない過ごしやすい州であった。侯爵は子爵家と男爵家合わせて四十家を束ねている。


 州長であるティエポロ侯爵家の州都の屋敷には、セリナージェという末っ子の女の子がいる。そして、その子の隣にはいつもベルティナという女の子がいた。


 ベルティナ・タビアーノはティエポロ侯爵州タビアーノ男爵領当主の次女である。

 子爵家男爵家の子女が、州長の子女の側近や専属侍女になるために州長の家で暮らすことは珍しくはない。



〰️ 〰️ 〰️


 二人は現在州都にある中等学校の二年生である。

 『子は国の宝』という国王陛下のお考えの元、各領にある初等学校には平民であっても九歳から十一歳まで入ることが義務となっている。中等学校もあるのだが、そちらへの進学は自由である。


「ねぇ、ベルティナ。今日も家へ帰ったら、一緒にお勉強してほしいの」


 セリナージェは帰りの馬車の中でベルティナに可愛らしくお願いをした。ベルティナは嬉しくてにっこりとする。

 

「それは構わないわ。でも、セリナは最近すごくお勉強したがるのね」


「エヘ! まあねっ!」


 セリナージェの笑顔にベルティナはやる気がいっぱいになった。


 ベルティナは勉強が大変得意で、この中等学校では主席である。

 中等学校への入学は強制ではないので、州内の貴族子女か金持ちの平民が通っている。寮はないが生徒専用の下宿屋がいくつかある。各学年二十人から四十人。学費を払えば入れるので学年によってバラバラだ。

 ベルティナの学年は二十五人。


 ちなみに、ベルティナはセリナージェによる強制でそこへ通っているので、侯爵家が学費を払ってくれている。侯爵は男爵家に払わせる気はさらさらなかったが、もし男爵家に請求しても男爵家には真ん中の娘に学費を払う余裕はないだろう。


 ティエポロ侯爵様は、末っ子でワガママなセリナージェがベルティナの話ならよく聞くし、家庭教師を雇うことと比べればお安いものだと思っていた。それに、この頃になるとベルティナも娘の一人だと思うようになってる。なので、ベルティナが中等学校へ通うお金を侯爵家が負担することに何の問題も感じていない。

  

 中等学校から帰ってくると二人はまっすぐセリナージェの部屋へ行く。それを見計らってメイドがテーブルセットにお菓子を置いてくれる。しかし、真面目なベルティナはまずは勉強だと、セリナージェがお菓子に手を出すことは許さない。


 ベルティナとの勉強のために用意され並べられた勉強机に座り、それぞれ勉強を始める。セリナージェはわからないことはすぐにベルティナに聞くし、何を勉強すべきかもベルティナに相談するほどだ。


 一区切りつくとお菓子時間だ。心得ているメイドが冷えた果実水を持ってきてくれる。


「セリナ。最近はどうしてこんなにお勉強するの?」


 お菓子を食べながらベルティナが不思議に思っていたことを聞いた。

 初めはセリナージェの気まぐれだろうと思っていたベルティナも、こう毎日だと不思議に思ってしまうのだ。


 セリナージェはお菓子を置いて果実水を一口口にした。


「これくらいは、ベルティナにとっては普通なのでしょう?」


 逆にセリナージェがベルティナに不思議そうに聞いた。

 すぐにお菓子に手を伸ばす。お菓子への手は止まらない。しかし、メイドが目を光らせているので淑女としての嗜みを持っていただいている。


「そうね。私にはお勉強する理由があるもの」


 ベルティナは果実水をテーブルに置いてそう答えた。冷えた果実水が喉を潤し再びお菓子へ手を伸ばしたくなる。話の頃合いを見ながら絶え間なくお菓子をいただく。さすがに侯爵家の料理人はお菓子まで最高に美味しい。


 セリナージェは得意そうに鼻をツンと可愛らしくあげた。


「ベルティナは将来、王都の文官になりたいのよね。よぉく知ってるわ」


 セリナージェはベルティナの夢を知ってることが嬉しくてさらに自慢なのだ。

 『フフン』という顔でクッキーをポイッと口に入れた。その仕草があまりにも可愛らしくて、ベルティナは笑わずにはいられない。セリナージェは少しだけはしたなかったかもと思い、メイドをチラリと見た。メイドは反省していそうなセリナージェを見て、苦笑いをして暗黙で許してくれた。


 ベルティナはハンカチで笑いの涙を拭く。


「それは私のことでしょう? それならセリナはなぜお勉強するの?」


「あのね。私、先日お兄様から初めて聞いたのだけど、高等学園は成績でクラスが決められるのですってっ!」


 王都にある王立貴族学高等学園には、十五歳の貴族は入学の義務がある。平民は十一歳まで、貴族は十五歳まで勉学において守られている。


「私、高等学園でもベルティナと一緒がいいわ。ベルティナが勉強するなら、私もやらないと同じクラスになれないでしょう?」


 セリナージェは手はお菓子を摘むことを止めず、まるで当たり前のことをしているという口調で答えた。

 ベルティナは目を丸くする。まさか自分のためにやってくれているとは思っていなかった。


「セリナ! 嬉しいわ! では、早速再開しましょう!」


 ベルティナが果実水を飲み干そうとした。


「ま、待ってよっ! ベルティナっ! お菓子の時間は大切だわ、ね」


 セリナージェは可愛らしく上目遣いで肩を少しあげて小首を傾げてお願いする。これをされるとベルティナは嫌と言えない。末っ子の甘え上手はここにも活かされている。

 しばらく楽しいお茶時間を過ごすのだった。


 ベルティナたちが中等学校三年生の秋、学園から家庭内テストが配布された。このテストによって高等学園のクラス分けがされるのだが、家庭内テストにも関わらずこれに不正を働く者はほぼいない。学園に行けば実力はバレてしまうし、学期の途中であってもクラスの降格はありえるシステムになっている。なので、不正をやるだけ無駄である。


 めでたく二人とも高等学園一年Aクラスでの進学が決まった。四月からは、高等学園の生徒だ。



〰️ 


 この国の王都には、貴族専用のスピラ学園がある。十五歳からの全寮制学園で貴族子女は入学することが義務だ。入学は義務だが卒業は義務ではない。入れば後は本人次第ということだろう。


 学園内は『爵位に関係なく幅広い交友を』という建前のもと、国によって運営されている。基本的には全てが無料で制服も二着ずつ支給されている。クラスはAクラスからEクラスの成績順に分けられていて、各クラス三十人程度だ。


 今年の一年Aクラスには、ロゼリンダ・アイマーロ公爵令嬢、ランレーリオ・デラセーガ公爵子息、キアフール・エスポジート伯爵子息、フィオレラ・ムーツィオ伯爵令嬢、ジョミーナ・リニティ伯爵令嬢とこの学年の高位貴族は見事に揃った。


「ねぇ、ベルティナ。私、危なかったわね。高位貴族の子女はみんなこのクラスじゃないの。私だけ違うクラスだったら、恥ずかしくて学園に通えなかったわね」


 セリナージェは入学式で隣に座るベルティナに小さな声でそう言った。


「ふふ、こうしてAクラスなんだもの。よかったじゃないの。あとは、落ちないようにこれからも頑張りましょうね」


 ベルティナはセリナージェと一緒であることがとても嬉しかった。セリナージェがベルティナと一緒にいるために頑張ってくれていたことをよく知っているからだ。


「ベルティナ。これからも一緒によろしくね」


「もちろんよっ!」


 二人は笑顔で確かめあった。


 新学期が始まればすぐに友達グループができる。自由席なはずだが、座る席も自ずと決まっていく。『爵位に関係なく幅広い交友を』というのは、女子にとってはやはり建前で、クラスに四人しかいない高位貴族令嬢の三人はいつも一緒にいる。窓側の一番後ろ付近が三人の席となっている。

 ちなみに、廊下側の真ん中あたりに隣同士で座っているベルティナとセリナージェは、三人とは基本的に接触はない。


「セリナ。貴女、ロゼリンダ様とご一緒の方がいいのではないの?」


 最高位の公爵令嬢とまるで対象的な席に座ってしまっているセリナージェに、ベルティナは心配して聞いてみた。


「えー! 面倒くさくない? 私はベルティナといれればそれでいいわ」


 セリナージェがかわいい舌をペロッと出した。セリナージェは相変わらずマイペースで面倒くさがりな末っ子であった。


 ロゼリンダたちから特に虐められたりするわけではないので、ベルティナもこれ以上は何も言わなかった。


〰️ 〰️ 〰️


 一年生、二年生と何事もなく終わり、成績優秀な二人にティエポロ侯爵夫妻もとても褒めてくれた。


 二年生が終了した春休み。ベルティナとセリナージェは、春休みは短いからと、領地に戻らず、王都のティエポロ侯爵邸で過ごすことにした。ベルティナの戻る家はもちろん侯爵邸である。

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明日より、毎日、午前中に更新予定です!

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