基地
夜、鹿は不思議な穴を見つけた。暗く冷たい場所だ。この前の洞窟と違って四方は不自然なほどに滑らかな岩に囲まれていて奥に進めば進むほど見たこともない様な物が地面に転がっている。
黒く細長い筒。白地に赤い丸が描かれたボロボロの布……。
注意深く鹿が辺りを探っていたその時、後ろから突然甲高い声が響いた。
「ケイレイ!」
ビクッと背中を震わせ振り向くとそこには片方の耳を折り曲げ悪戯っぽく笑う一羽のウサギがいた。
闇の中に赤い目を光らせながらウサギは言う。
「よくここが分かったね」
自分より遥かに小さいウサギの姿にほっと息を吐きながら鹿は応えた。
「ただ迷い込んだだけなんだ。ここは一体どこなんだい?」
鹿の言葉にウサギはケタケタと笑いながら答えた。
「さぁ? 僕たちもあんまり分からないんだ。だけどね今はセンソー中でレッセイだからワレワレは命を賭してココを守らなくちゃいけないんだよ」
そう言うとウサギの輪郭は闇に溶けた。そしてその闇の中から慌てる鹿を嘲笑うように何羽ものウサギの声が響き始めた。
「ダイホンエーのメイレイだからね!」「ココで全てのセンキョクをひっくり返すヒミツヘーキをカイハツしないといけないんだ」「コンクリートに囲まれ地図から消えたこの場所でジッケンを繰り返すのがワレワレのシメイなのさ!」
辺りを見回しても誰もいない。
鹿の周りで声だけが響く。
「キチクベーエイを殺すためさ」「そうそう。大人も子供も関係ないよ。これはセンソーなんだから」
突然闇の中に幾千もの赤い目が浮かびあがりそれらは一斉に鹿に視線を向けた。
「ねぇ早く君も奥のジッケンシツにおいでよ」
生温かい風が鹿を追い立てるように奥に向けて吹き始めた。
「きゃはははははははっははは!!」
何千羽ものウサギの笑い声が響く。
背中に響くその声を振り払うように鹿は無我夢中で逃げ出した。
全力で鹿は駆ける。耳元で吹く風の音は何だか泣き声のようにも聴こえる。
出口を駆け抜けようとした間近、ウサギの声がまた聞こえた。
「どうして死にたい君が生きてて、生きたかった僕らが殺されたの?」
暫く走った後、気付けば月明かりが差す元の森に帰ってきていた。
鹿はほっと息を吐くも、ウサギの最後の言葉が頭から離れずにいた。
何やってんだろうなぁ。
臆病な自分に心底呆れながら、それでもまた鹿は死に場所を求めて森を歩き始めた