1 クラスと担任
入学式が終わると各教室に移動になった。教室は入学試験の合格発表の際に一緒に発表されている。リズはアリシアから1年1組になったと聞いていた。
リズは1年1組の教室を探し、入った。中には机と椅子、黒板などがあった。窓から差し込む光が教室を明るく照らしていて、大体20人くらいの生徒が机に座り、近くの人と話している。
特に座席に指定は無いようなので、リズは扉近くの一番前の席に座った。
数分もしない内に生徒が全員集まり、席が埋まった。騒がしかった教室が更に騒がしくなる。
「よお」
そう言いながら入って来たのは白いローブを羽織った男。銀の髪を少し長く伸ばし、緑の瞳を眠そうにしている男は、教壇に立つと、教室を見渡した。この男が入って来てから、教室は先程よりも騒がしく、歓声が上がっている。
「静かに」
男の一言で教室は静まり返り、物音1つしなくなった。
「俺は5大魔術師が1人、光雷の魔術師、レイ・マレットだ」
ただ一人。
「このクラスの担任になった。よろしくな」
ただ一人を除いて、クラスは歓喜と興奮に包まれた。
ただ一人、周りの人達と違って、苦々しい顔をしている少女は、リズだった。
「今度は皆に自己紹介をしてもらおう。そうだな、前の方から順番に名前と、得意な属性、それから、好きな事とか、言おうか」
そう言って微笑むレイ。自己紹介の順番は、リズからだった。
「リリー・ローズです。得意な属性は水属性です。好きな事は……魔術を構築する事です。よろしくお願いします」
レイがリリーを見て目を見開いた。リリーの声を聞いて、更に目が零れ落ちそうな程、目を見開いた。口を大きく開き、ただリリーを見ている。
「……り……リリー、よろしくな……」
やっと口を動かしそう言った。
レイはリリーから目を背けて次を促した。
リリーはレイをただじっと見ている。その目は雄弁に語っていた。余計な事は言うな、と。
「ぁ、アーロン・ロブソンです。土属性が得意で、す、好きな事は、岩石の魔術師であられるエイベル・ブラット様の武勇を聞く事です!エイベル様のファンの方、是非とも僕とお話しを!!」
「そこは俺と言っとけ、ロブソン」
レイがしかめっ面でそう言う。
アーロンが座り、後ろの席に座っていた少女が立った。
「ジュリア・カーティスと言います。水魔術が得意です。わ、私はリズ・アーレント様が好きです。よろしくお願いします」
「俺じゃねぇのかよ……」
勢いよく頭を下げるジュリアに対し、レイは肩を落とした。
そして、一番前に座っている生徒を恨めしそうな目で見た。少し顔を赤くして俯いているリリーだ。リリーはレイからの目線に気づくと、ドヤ顔でレイを見た。その一瞬、たった一瞬でレイはリリー相手に敗北を悟った。
「レイナ・マリアート。火魔術が得意。煉獄の魔術師であられるアリシア・ローズヴェル様が好き。よろしく」
「そうか……」
レイが次の生徒を期待した眼差しで見るが、誰もレイの事を言う生徒は居なかった。30人全員が終わると、レイは深いため息をついた。
反対にご機嫌が良いリリーは、微笑みを浮かべている。
この教室では、リズ・アーレントと言う名が何度も言われた。だが、レイ・マレットと言う名は一度たりとも言われる事は無かった。
「……何でそんなに他の奴らが良いんだ…………ミリアムも、あの性格だし。エイベルなんて、剣と魔術以外、頭にねぇだろ……シアさんの自室、一度でも見たのかよ。第一、リズなんて」
レイが小声で話すが、リズなんて、の続きが無かった。いや、言えなかったのだ。近くから感じる圧力によって。
「んんっ、それより、明日からの説明をしよう!」
慌てて言い繕うレイに呆れた視線を向けたリリーは、誰にも気づかれないようにため息を吐いた。
「いきなりだけど、明日は実習だ。学院内の森でやるし、奥に行かなきゃそんなに危険は無いから、安心しろ。最悪、死ななきゃ何とかなる」
レイの言葉に教室は騒然とした。
「骨折とか、手足の欠損とか、即死でなければ治せるから、安心して実習してこい」
骨折は腕の良い魔術師ならば治せる範囲だろう。だが普通なら、手足の欠損が治る事は無い。
それを平然と言ってのけるこの男は、やはり5大魔術師なのだ、と教室に居る生徒達は再認識した。
「明日の実習の目的は、親睦を深める事と、1人1人の実力を見る為だそうだ。実習は卒業までに何度もやるらしいぞ」
手元にある資料を凝視して言うレイ。
「あ、そうだ。学院内は広すぎて案内しきれないから、勝手に慣れろって事になってるらしい。シアさんでも全部は覚えてないらしいし、普段使う所だけ覚えておけば良いから。分からない事があったら寮で同室の先輩とかに聞けば良い」
教室に何とも言えない空気が流れた。
「じゃ、今日は解散だ。各自、寮の部屋に戻れ」
レイはそう言って教室を出ようとした。教壇から、扉まで行く間。ほんの少しの間だけ、レイとリズの視線が交差した。
『……リズ』
レイはリズに『思念通信』で話しかけた。
『……はぁ……何かしら、レイ』
リズはため息を吐いて答えた。レイはその答えに顔を輝かせた。
『良かったよ。間違ってたらただの変人だしな』
『いつも変人でしょう。それより、私はこれからシアさんの所に行くの。そこで良い?』
レイの言葉をバッサリと切り捨て、リズは話を進めた。
『嗚呼、それで良い。俺もゆっくり話したかったしな』
『……』
レイはそう言って教室から出て行った。
リズは荷物を片付けると、席を立ち、教室を出た。その行先は寮ではない。
学院長室。アリシアとレイが居る部屋だ。
*****
閑話
レイとリリーが居なくなった教室にて。
「…………」
その場は静寂が訪れていた。物音も、衣擦れの音も一切せず、誰も動かない。まるで、絵画の中のようだ。
「……っ」
静寂が終わりを告げたのは、誰かの息を吹き返す音だった。その音を境に、次々に他の息も吹き返る。
「……夢、じゃないよな?」
近くに座っている者同士で、頬や腕を抓ったり、自分の頬を思いっきり引っ張る。
「「「「痛ぇっ!」」」」
痛みを訴える声が教室に響いた。
「夢……じゃないっ!」
「夢じゃないんだっ!!」
「幻でもないっ!」
「本物だっ!!」
教室は収拾がつかない程、混乱していた。
放心している者。
涙を流して感激している者。
手を取り合って飛ぶ者達。
教室は混沌としていた。
その後、何人かの教師がこの場を収めるまで、この教室は歓喜と興奮に包まれていたという。