プロローグ4 ~時の流れと共に~
今回はリズ視点です。途中で第三者視点に変わります。
師匠が居なくなってから1年が経とうとしていた。
師匠の姿を探し求めて、居ない事に落胆した事は何度あっただろう。
今、私は水氷の魔術師となった。信頼できる部下も居るし、仕事もしている。最近まで魔族との戦争を停戦にする為、後処理やら何やらで仕事に追われて忙しかったけど、今は少し余裕も出来た。
今は師匠と住んでいた邸に、部下と住んでいる。部下は師匠が水氷の魔術師だった時に補佐していた人達で、私の事を補佐してくれている人達だ。幼い頃から知っている人が多くて、個性豊かな人達だが、優秀だ。
水氷の魔術師に私がなる事を公表した時は、幼い事と、唄を発現していない事から反対していた人が居るが、いつの間にか反対する人は居なくなっていた。部下の一人が遠い目をして、実力と実績が唄が無いのにあり過ぎる、と言っていたが……私は師匠に教わった通りにやっただけだし、関係ないよね??
『唄』は別名『神からの贈り物』と言われていて、全員に等しく神から贈られる。特有魔術という魔術の詠唱のことを唄と言う、とでも言えば良いだろうか。魔力の大きさによって威力は左右し、種類は大きく分けて10種類程。その中でも多くの種類があり、1人しか持っていない唄から、多くの人が持っている唄まである。
それはさておき、これからシアさんの邸に来るように言われている。何か、話があるそうだが、何の話だろう。
シアさんの邸は私の邸の隣に建っている。5大魔術師としての威厳を保つ為、とか言って無駄に大きい邸だから、邸から邸へ歩くのは結構長い。邸の玄関から、玄関まで、歩いて20分くらいかかる。
正直言って面倒だ。師匠は地下通路でも作っちゃ駄目かなぁ、とかいつも言っていたが、本当にそう思う。
私は周りに誰も居ない事を確認すると『転移魔術』を構築した。移動にも威厳を、等と部下が煩いのだ。移動まで気を使っていたら、何も出来ないじゃないか。それに転移という便利な魔術があるのに使わない方が勿体ない。師匠に教わってからは遠い移動は殆ど転移で終わらせてる。
え?今回は遠くないって?良いんだよ。使えるものは使った方が良いからね!師匠もそう言ってたし。
うわ、遠くから部下の叫ぶ声が聞こえる。見つかっちゃたかぁ……魔力残滓は残さないようにしてるけど、構築してる時に近くに居たら流石にばれちゃうか。
部下が扉を開くと同時に転移した。手を振ったら凄い形相で焦ってた。上官に怒られるからかな?前に聞いた話だと、厳しいらしいし。後で怒らないように言っておこう。
歪んでいた視界が元に戻ると、シアさんの邸の入り口の前だった。
「リズ様!?直ぐにアリシア様をお呼び致します!!」
玄関付近にいた侍女が早歩きで去って行った。5分前だから、大丈夫、だよね?
直ぐにシアさんが奥から歩いて来た。
「リズ、待たせたな」
「いえ。今来た所です」
「転移してか?」
「はい。バレてたようですがね」
シアさんは豪快に笑うと、お前の部下も大変だなぁ、と言った。傍に居るヴィクターさんが何とも言えない表情でシアさんを見てるのは気のせいでは無いだろう。
「んじゃ、ご飯でも食べながら話そうか。これからの事で話したい事があるんだ」
シアさんの言葉に頷くと、シアさんは食堂の方に歩き出した。
*****
「リズ、魔術学院はどうするつもりだ?」
シアさんがご飯を食べながら聞いた。予想していた質問に、準備していた答えを返す。
「私は魔術学院に行くつもりです。師匠にも、言われてましたから……」
「そうか…………なら、アルセイト魔術学院に来ないか?私が学院長を務めているし、ある程度融通はきく。もし、その気があるのなら、私が推薦するが」
シアさんの言う事は尤もだ。
13歳になったら必ず魔術学院に通わないといけないし、5大魔術師としての仕事も、シアさんの学院ならある程度融通もきかせてもらえるようだし。
「シアさん、水氷の魔術師の年齢って、公開してましたっけ?」
私が笑みを浮かべて言うと、シアさんはにっこりと笑った。
「いや、年齢は、公開していないぞ?公開してるのは、名前と、性別、それから、アイツの弟子だった事だけだ」
私はその言葉を聞いて笑みを深めた。
「シアさん、偽名で入学してもよろしいでしょうか。勿論、仕事はします。長期の際は体調不良とか、適当な理由をつけて休みます」
「ほう?どうして偽名なんだ?」
シアさんは笑みを深めた。
「水氷の魔術師という事がバレれば、平穏な学院生活が送れなくなる可能性が高いと思われます」
「そうだな。水氷の魔術師が公に出る事は殆ど無かったからな。それに、流石に13歳だとは思っていないだろう」
シアさんの相槌に頷き、続きを話す。
「平穏でない学院生活は面倒です」
「まあ、そうかもしれないな」
シアさんの顔に疑問が浮かぶ。
「つまり、面倒な学院生活は送りたくない訳です。だから、平穏な学院生活を送る為に偽名を使って入学したいのです!」
「…………」
あれ?シアさんが固まってしまった。
肩を震わせている。え、泣いてるの?どうしよう……
周りを見渡しても皆遠くに居る。
ねぇ、どうすれば良いの?
「くくっ、くははっ、くはははははっ!ああ、もう我慢出来ない。無理だ。はぁ、はぁ……」
シアさんが大声を上げて笑い出した。見るとヴィクターさんも顔を背け、肩を震わせて笑っている。他の人も似たり寄ったりの反応が多い。
「その台詞、リズの師匠も言っていた台詞なんだよ」
「え、師匠も?」
「嗚呼、学院では無かったがな。アイツの場合はパーティーだった。パーティーの招待状が届いた時、偽名で参加したい、と言い出したのだ。あの時は驚いたよ。理由を聞いてみれば、水氷の魔術師として参加すれば面倒だからだと言うんだからな。でも、パーティーの飯は美味いから参加したい。平穏なパーティーの為に偽名で、等言い出すのは、アイツしか居ないだろうよ」
昔を懐かしむようにシアさんは言った。
「リズは、アイツに似たな」
シアさんは私を見て笑った。
「悪い所ばっかりな」
シアさんの言葉を聞いて嬉しく思っていると、シアさんはそう付け足した。
*****
雲一つない晴天の下、春の温かい空気を肺に吸って門を潜った。
今日はアルセイト魔術学院の入学式だ。
私はシアさんと話し合ってアルセイト魔術学院に入学する事になった。勿論、偽名を使って。
リズ・アーレントが本名だが、学院内では私は、リリー・ローズになる。
本名をもじり、シアさんの、アリシア・ローズヴェルから少し抜粋した簡易なネーミングだが、あまり変え過ぎると直ぐに反応出来なくなってしまうから、大丈夫な筈だ。
それに、私の髪色は白から金に変わっている。元に戻った、と言った方が良いだろうか。
魔力が多いと、髪色が魔力の色に変色してしまうのだ。それによって私の髪も、師匠と同じ、絹のような白い髪になっていたのだ。
今、私の左手にある黒い腕輪。シアさんが作ってくれた魔術具だ。魔力を封じる魔術具を、少し改良した物だ。
自分でも魔力を封じているけど、制御出来ない魔力を何とか封じている状態だ。だから、全体の半部程は、封じていても、残りの魔力の制御だけで手一杯。
そこで、残りの半分の魔力を封じるのが、この魔術具。封魔の腕輪と言って、残りの魔力の8割程を封じてくれている。これで私も、他の生徒と同じくらいの魔力量になる。私の魔力量が多いのには理由があるのだが、ここでは割愛させて頂こう。
「入学式の会場はこちらです」
おっと。考え事をしてたら着いたようだ。
大きい石造りの会場。中に入ると階段のようになっていて下の方にステージが。下から上まで椅子で埋められている。
リリー・ローズとして入学式に出る事にしたので、座る席は新入生の席だ。指定席なので、自分の席を探して座る。
『お静かに。これより、アルセイト魔術学院の入学式を開会します』
数分後、そんな声が聞こえてきて式が始まった。
暇だな。
お偉いさんの長い長い話を聞きながらそう思った。船を漕いでいる頭もちらほら見られるんだから、短くて良いと思うんだよね。
あ、シアさんまで幻術使って寝てるよ……なるほど、その手があったか。
魔力の流れを良く見れば分かるけど、魔力残滓を残さないよう気を付ければ大丈夫かな。
自分の幻影をちゃんと話を聞いて居るように作って、幻影じゃない自分は光を操り隠す。光を操る属性は得意では無いけれど、姿を消すくらいは出来る。
これでよし。周りからは私の幻影だけ見えるだろう。これで真面目に聞く姿勢を維持しなくても良い。
『リズ、起きたか?』
シアさんが『思念通信』で話しかけてきた。
『……起きました』
『おお、そうか。そろそろ起きといた方が良い。もうすぐ式が終わる』
私もさっきヴィクターから起こされた、と笑いながら言っている。シアさんはもう幻術を解除しているようだ。
そろそろ幻術を解除しとこうかな?
幻術を解除していると、シアさんの挨拶になった。シアさんが壇上に上がると私の周りから男女問わず歓声が上がる。
やっぱり、シアさんは凄いなぁ……
アリシアが拡声器を手に取り、片手を上げると歓声は止まった。静寂な会場にアリシアの声が響く。
『入学おめでとう』
その一声で会場の全ての人の視線を集めた。高すぎず、低すぎない声は自然と耳に入って来る。
『ここが何をする場所か、知っているか?』
その問いに対する答えを人それぞれ探す。
『ここは生き残る術を学ぶ場所だ』
アリシアの答えに皆が騒めいた。アロシアが片手を上げると騒々しい会場は静寂に包まれる。
『ここを卒業した殆どの者は戦場で戦う。そこで生き残れるかどうかは、お前達、1人1人の努力次第だ』
新入生一人一人の顔を見渡してアリシアは言う。
『戦場を知らない者は揃ってこう言う。戦場で生き残れた人は運が良かった、と。だが、それは違う。確かに、運が悪ければ生き残れないだろう。でも、運は力でねじ伏せる事が出来る』
静寂だった会場がまた、騒がしくなった。
『敵の中でも強い奴に出会ったとしよう。そいつと戦う事は運が悪いと思うだろう。でも、そいつに勝てたら、運が悪くても、運が良くても、生き残る事が出来る。戦場を駆け抜けた者は身を持って理解するだろう』
アリシアは一度息を大きく吸った。間を少し開けてから口を動かす。
『努力し、力を持った者だけが生き残る』
その言葉に、私は、リズ・アーレントの身体はびくり、と震えた。
『才能だけだといざという時に体が動かない。いや、動けない』
アリシアを見ている人の中で、ただ一人、体を固めて目を見開く少女が居た。
『君達の努力が、君達の命を救う事を祈っている』
アリシアはそう言って拡声器を置いた。壇上から下がる姿までも、皆の瞳に焼き付けて。
*****
「あんな事、言う必要あったのか?」
壇上から降りた所で灰色のローブを纏った男がアリシアに話しかけた。
「……」
アリシアは答えなかった。
「リズの顔、見てたのかよ」
「見てたさ、ずっと。話している途中、ずっと見てた。でも……でも、今のままじゃ可哀想だ……」
少し厳しくなった男の言葉にアリシアは答えた。
「可哀想とか、不憫だ、とか、リズに同情するのはリズに失礼だ。リズが今までどんな思いで……この1年、リズは頑張ったじゃねぇか。1年だけじゃない。4歳の頃からずっと、ずっと……」
「分かってる。分かっているさ。リズが人一倍努力して、力を手に入れた事も、ちゃんと知っている。でも。今のままで良いと思うのか?お前は、それで良いのか?」
問いかけられた男はアリシアの顔を見て息を呑んだ。アリシアの赤の瞳には涙の膜が張っていた。
「……今のままで良いとは思わない。今のリズは、あの頃よりも……表面上は取り繕っているが、心に残った傷は消えない。シアさんだって、一見治ったように見える傷も、ふとした瞬間に疼く筈だ」
アリシアの瞳が男に固定される。男は更に言葉を紡いだ。
「リズは今、傷だらけだ。まだ、傷を負わせる奴が居る限り、もっと傷は増える。表面上は綺麗でも、負った傷は癒える事は無い」
男の緑の瞳はアリシアを見ている。だが、アリシアではなく、もっと遠くを見ていた。
「この学院で、何かが変わるかもしれない。でも、リズの傷を抉る必要は無いだろうっ!何かを変えるきっかけに必要かもしれない。でもそれがっ、リズの傷を抉る理由にはならないだろうっ!?」
アリシアは男の瞳をただ黙って見ていた。相槌を打つことも、頷きもせず、男の話が終わるまで黙って聞いていた。
「確かに、リズの傷を抉る理由にはならない」
「ならっ!」
アリシアは静かに首を横に振った。
「そうでもしないと、変わらないからだよ」
アリシアの瞳から一滴の涙が零れ落ちた。
「アイツなら、もっと違う方法で出来たのだろうね。でも、私にはそうは出来ない。私なりのやり方でしか、リズを変えてやれない。私だって、今のリズを見るのは痛むんだよ。君と同じようにね」
アリシアは涙を拭って話を続ける。口調も、いつもよりも柔らかかった。
「私は私なりのやり方でやる。だからレイも、レイなりのやり方でやると良い。時には私と対立するかもしれない。でも、私はそれを真正面から受け止めよう。私を超えて見よ、私の弟子」
アリシアはレイと呼ばれた男の肩を叩き、その場を去って行った。
レイはその場で一人、立っていた。涙を緑の瞳に貯めて。
「……いつかこの時が来ると、知っていたのですか、――――」
レイは上を仰いで囁いた。誰にも聞かれないように。