ついにこの手に
クレアが自室で一人でいるところに来訪者があった。ドアを開け、そこに立っている男性を見て、クレアは目を輝かせる。
「ネルソンさん!」
クレアは歓声を上げた。彼の方から自分を訪ねて来てくれるなんて、予想外の嬉しい出来事だ。
「どうしたんです?」
「君に会いに来たよ」
ネルソンは余裕のある笑みを浮かべて、クレアの髪を撫でた。その無駄に艶っぽい表情と言い、仕草と言い、これはどう考えても誰かを誘惑する時のものだと気が付いて、クレアは逆上せ上がった。
クレアは自分に不思議な魅力が備わっている事を知っていた。ハーレムのメンバーたちも、最初からクレアにぞっこんだった訳ではない。だが、いつの間にかクレアの持つ魔性によって、その虜になったのだ。
ネルソンもそうなのだろう。こうしてネルソンの態度が急変した事を、クレアは不審には思わなかった。
「嬉しいです、ネルソンさん」
聖女として全ての人を愛さなければならないクレアだが、それでも容姿の好みというものはある。綺麗な顔立ちの青年に恋い慕われれば、自然と心も踊ってくるというものだ。
ネルソンが馴れ馴れしく肩を抱いてきた。クレアをソファーに座らせ、自分もその隣に腰掛ける。クレアには、その一連の動作が随分手馴れているように感じられた。きっと、いつも恋人にしてあげているのだろう。いや、『元』恋人だろうか。
(これからは、私がドローレスさんの代わりにネルソンさんを幸せにしてあげないと)
クレアは使命感に燃えた。頬を上気させながら、ネルソンに微笑みかける。
「ネルソンさん、ついに私のものになってくれるんですね!」
クレアは無上の幸福に酔いしれていた。
「素晴らしい判断です。あなたがいれば、私は完璧な聖女になれる。早速この力で皆を幸せにして回らないと!」
大修道院中に聖女の祝福を与えるべく、クレアは立ち上がった。だが、ネルソンにそれを阻まれる。彼は腰を上げたクレアの腕を取って、再びソファーに引き戻したのだ。
「クレア……」
神聖な職務を邪魔された事に束の間眉をひそめたクレアだったが、ネルソンが指の背で頬を撫でてきたので、そんな不満は引っ込んでしまった。クレアは媚態を込めて笑いかける。
「ふふっ。どうしたんですか?」
そう問いかけつつも、クレアはネルソンの戯れに素直に応じた。こういった類の触れ合いは、ハーレムのメンバーにされてクレアも経験がある。愛情を込めた悪ふざけだ。こんな事をしてくるという事は、ネルソンがまさしく自分の懐に飛び込んできた事の証拠である。
ネルソンの戯れは続く。綺麗な顔が近づいてきて、首筋にその吐息が掛かった。クレアが少し顔を右に傾けると、柔らかな金髪が頬を撫でる。そのふんわりとした感触に笑っていると、ネルソンが耳の辺りにキスしてきた。
「くすぐったいですよ、ネルソンさん」
クレアは形ばかりの抵抗の言葉を吐いた。
それと同時だった。首の裏辺りに衝撃を感じて、視界が暗転したのは。
「さようなら、青藍の聖女様」
頬を包み込まれる感覚。クレアは意識を失う前に、ネルソンが何か呟いたのを聞いたような気がした。




