ネルソンの約束
不意にネルソンが腕を掴んできた。何の警戒もしていなかったドローレスは、そのまま彼の胸元へと引き寄せられる。
ネルソンの指が耳朶に触れ、ドローレスは彼の両手で顔を包み込まれた。半ば強制的に上を向かされると、ネルソンの顔が降ってくる。口付けをしようとしているのだとドローレスはとっさに判断した。
「やめてっ!」
ドローレスは反射的に拒絶の言葉を吐いて、彼の肩を乱暴に押しのけた。きっとネルソンは、ドローレスの事をキス一つで機嫌が直るような安い女だと思ったのだろう。
そんな想像が脳内を駆け巡り、ドローレスは彼に蔑まれたような気がした。屈辱で顔が歪む。
「もう私に触らないで! さっさとヒルダさんのところへ行きなさいよ!」
「……いや、ヒルダの所へは行かないよ」
ドローレスに押しのけられた体勢のまま、ネルソンが静かに言った。
「僕はクレアの所へ行く」
「そう! 行けばいいでしょう!」
もはや彼が何を言い出してもドローレスは驚かなかった。やはりあの噂は本当だったのだ。ネルソンも、とうとうクレアの毒のような魅力に侵されてしまったのだろう。あの魔法のような、人を引き付ける力に。
ネルソンはクレアの愛を独占したい。そして、ヒルダの事も手に入れたい。何て欲張りなのだろう。
だが、心のどこかに穴が空いたように痛みが広がっていくのもまた事実だった。そんなネルソンの所有欲を、自分が占有できない事を嘆いているのだと気が付いて、ドローレスは自己嫌悪に陥り、破れかぶれになった。
「出て行って!」
ドローレスはこれ以上自分の中が掻き乱されていくのに恐怖を覚えた。
「もうたくさんよ! 私、あなたの事なんて……」
「好きだよ、ドローレスさん」
ネルソンの告白がドローレスの罵倒の言葉を掻き消した。
「またここに戻ってくるから……。その時は、もうこれから先、絶対にあなたを不幸にするような事はしないと約束する。だから……」
「知らないわ!」
ドローレスは彼の肩を小突いた。
「行って!」
ドローレスは歯を食いしばった。ネルソンは今度は大人しくそれに従う。
誰もいなくなった部屋でドローレスは床に崩れ落ち、そのまま泣き声を上げた。




