葛藤
自室のベッドに突っ伏して泣いていたドローレスは、ドアをノックする音で我に返った。扉の向こうから聞こえてきた声は、ネルソンのものだ。
「ドローレスさん? いるんだろう?」
ドローレスはのろのろとベッドから身を起こした。だが、彼に中に入ってほしいのか、追い返したいのか、よく分からなかった。
それだけではない。今のドローレスは、自分の中が空っぽになってしまったかのように、何も考える事が出来なくなっていた。
「開けるよ?」
ドローレスが中々返事を返さない事に痺れを切らしたのか、ネルソンは自らドアを開けた。他の修道者たちの個室と同じく、ドローレスの部屋にも鍵はついていないのだ。
「何しに来たのよ」
ドローレスは乾いた声を出した。
ネルソンはこちらを労わるような表情をしていた。ドローレスはその顔を見た瞬間に、自身の中の空洞が埋まっていくのを感じる。自らの心が震えているのに気が付いたドローレスは、ひどく惨めな気持ちになった。
「帰って」
ドローレスは反射的に立ち上がると、頬を伝う涙を手の甲で乱暴に拭った。
「私が言った事、忘れたの? 私たち、もう終わったのよ」
胸が軋むように痛んだ。こんな言葉は吐きたくない。ネルソンさえここからいなくなってくれれば、そんな発言をしなくて済むのにと思うと、彼に対する訳の分からない怒りが込み上げてくるようだ。
「ドローレスさん、そんな事言わないでくれ」
ネルソンがドローレスとの距離を詰めてくる。ドローレスは無意識の内に後ずさりしていた。
「もう私の事なんて放っておいて!」
ネルソンの顔は悲しそうだった。止まったはずの涙が、また溢れてきそうな気配を見せ始める。それを塞き止めたい一心で、ドローレスは下を向く。
「私の事なんてどうでも良いって思ってるのに、そんな顔をするなんて卑怯よ! さっさとヒルダさんのところへ戻りなさい!」
「ヒルダ?」
ネルソンが不思議そうに聞き返す。ドローレスは、そんな馬鹿らしい芝居に付き合うのは御免だと思った。
「私より彼女の方が大切なんでしょう? 私を迎えに来た時も、この大修道院へ来た時も、ずっと彼女を傍に置いたりして……! あの時だってそうだわ! あの森へ行った帰りに偶然ヒルダさんに会って……。ネルソンさん、あなた、自分が何をしたのか覚えている? あの森であった事……湖が綺麗だったとか、藍色の鳥がいたとか、そんな事をあの人にペラペラ喋ったのよ! 私たち二人だけの時間だったのに! 私はその事を他の誰にも話していないのに……」
泣き叫ぶように思いの丈をネルソンにぶつけている内に、どんどん気分が塞ぎこんで声が小さくなっていく。もはや怒りなのか悲しみなのかも分からない感情が、ドローレスを翻弄していた。




