正しい選択
「ネルソンさん、失礼ですが、あなたが何を言いたいのか、わたくし、よく分かりませんわ」
ヒルダは困惑していた。
「だって、もう何もかも遅いでしょう? 競争はすでに終わったんです。もうクレアとドローレスさんの役割は決まってしまっているのですわ」
「そう、『役割』だ」
ネルソンは戸惑うヒルダの顔を見つめた。
「イヤリングだよ、ヒルダ」
「はい?」
「聖女の証、右耳につけるあの青いイヤリングだ」
あの神聖なる輝きをネルソンは思い出していた。
「あれは競争に勝った者に渡される。逆に言えば、あれを渡されたから、聖女になる――聖女としての『役割』を与えられるんだ。つまり、あれを持つ者がこのゲームの中では『青藍の聖女』なんだよ」
もし、とネルソンは言った。ゆっくりと息を吐き出すように続ける。
「もし、クレアがあのイヤリングを手放す事になったら……」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい、ネルソンさん!」
ヒルダは慌ててネルソンを制した。
「要するにネルソンさんは、あんなイヤリング一つでクレアの『聖女』という役割が変わると言いたいのですか? そんな馬鹿な事……」
「ヒルダ、君はネームドキャラみたいな事を言うんだな」
ネルソンは苦笑いした。
「ヒーローの一人の僕がこんな事を言うのはおかしいのかもしれないけど、もっとモブはモブなりの考え方をしないと。ここはゲームだ。アイテム一つ、ステータス一つで、それぞれの役目が決まってしまう。そういう世界だって、君も知っているだろう?」
「それは……」
ヒルダは困ったような顔になった。だがやがて、「そうかもしれませんわね」と頷く。
「でも、ネルソンさん、あなた、肝心な事を忘れていましてよ」
ヒルダは重々しく言った。
「クレアは、自分からあのイヤリングを手放そうとはしませんわ。というよりも、したくても出来ないのです。ご存知でしょう? あれはクレア自身には外せませんのよ」
「……ああ、クレアには、な」
ネルソンはそれ以上は語ろうとせずに言葉を切った。彼の頭は、すでにその先の事に飛んでいたのだ。
クレアから聖女の役割を引き剥がす。これだけではダメだ。この行為は復讐ではなく、救いなのだから。
――私は、ドローレスさんに救済される道を用意してあげたんです。
クレアは何も分かっていない。こんな仕打ちがドローレスにとって救いであるはずがない。彼女が本当に助かるたった一つの方法について、ネルソンは思案を巡らせる。
――ネルソンさんの正しい選択を、私、待っていますから。
自らの正義を信じる者は、どんなに残忍な事でさえもやってしまえる。クレアを見ていて、ネルソンはその事がよく分かった。
そして今、ネルソンの正義とクレアの正義はぶつかり合ったのだ。その二つは決して混じり合う事はない。どちらかを排除するまで、止まる事も戻る事も、先へ進む事も出来はしない。
(お望み通り、『正しい選択』をしてやろうじゃないか……)
もちろんそれは、ネルソンにとっての『正しい選択』に他ならないのである。




