聖なる咎人
不意に、ネルソンの体を小さな影が包み込む。目の前にクレアが立っていた。
「ネルソンさん、おめでとうございます」
クレアは笑っていた。いつもの聖女然としたその表情に、何故かネルソンの背筋は寒くなる。
「ドローレスさんは、やっと自らが選ぶべき正しい道を歩む決意をしてくれました。本当に、素晴らしい判断でしたね」
クレアは立て板に水とばかりに話す。ネルソンは呆けながらそれを聞いていた。
「何を……言っているんだ……?」
ネルソンはクレアの言う事の半分も理解できていなかった。
「正しい道? 素晴らしい判断? 何の話をしているんだ……?」
「ネルソンさん、ドローレスさんは、私の言葉に従ってくれたんですよ」
ネルソンにとっては衝撃的な暴露を、クレアはいともあっさりとしてしまった。
「私がドローレスさんに、あなたとお別れするように言ったんです」
「何だって……?」
ネルソンの視界がぐらりと揺れた。
「じゃあ……君のせいでドローレスさんは……」
クレアがドローレスにあんな顔をさせた。ネルソンは後頭部を殴られたような気分になる。
ドローレスは気丈な娘だった。ネルソンは彼女が泣いているところなんて見た事がなかった。ドローレスは強いから、きっと悲しみでさえも自制してしまえるのだろうと思っていた。
そんなドローレスが、傷つき、涙を流していた。クレアがそうさせてしまったのだ。
この時、ネルソンの中で何かが壊れた。疎ましく思っていたクレア。そんな彼女の、唯一認めても良いと思っていた救民の心。その神聖なる部分が、バキリと音を立てて真っ二つになった。ネルソンが持っていた、クレアへの最後の信頼が崩れ去っていく。
「ネルソンさん、やはり聖女の力は素晴らしいですね」
クレアは、うっとりと自らの白い手の甲を撫でた。
「私は、ドローレスさんに救済される道を用意してあげたんです。青藍の聖女は、青嵐の鬼女でさえも救えるんですよ。後は、ネルソンさんが私のもとに来てくれるだけです。それで、私はもっと強い聖女になれる。よりたくさんの人に祝福を与えられる。そうなれば、ドローレスさんもきっと喜びますね。だって彼女は、聖女の力を増強させる、その一助となれたんですから。そういうのって、誰にでも出来る事ではありませんよ」
自分の罪など一切自覚していないクレアは、興奮でした顔で捲し立てる。だが、その熱気がネルソンに伝播する事はない。彼女の勝ち誇ったような表情に、ネルソンの心は冷え切っていく。
「後は、ネルソンさんが私のもとに来てくれるだけです」
クレアはもう一度繰り返した。
「ネルソンさんの正しい選択を、私、待っていますから」
クレアは去っていった。最後まで自らの神聖さを疑わず、その業の真横を素通りしていくその姿は、まるで聖なる咎人のようであった。




