彷徨
ドローレスは廊下を走り抜け、建物から出た。今日は風の強い日だった。口の中に髪が入ってくるのにも構わず、ドローレスは疾走した。行く当てなどなかったが、このまま吹く風と同化してしまって、自分の存在なんて消えてしまえばいいと思っていた。
(何が救いよ! 何が心を慰めるよ!)
もう何もかも嫌になっていた。ドローレスは気が付いていた。自分が怒りをぶつけたかったのはクレアではなく、自分自身に対してだったのだ。自分という厄災にまみれた存在が、何よりも憎らしかった。
暴走するドローレスに驚いて、厩舎の修繕作業をしていた修道者が、古くなった柵を散々に壊してしまった。だが、ドローレスは止まらない。周囲で何が起ころうが、今のドローレスには知った事ではなかった。
走って走って、いつしかドローレスは、疲労のあまり足がもつれて無様に転んでしまった。荒い息と心臓の鼓動が聞こえる。そんな音でさえも憎らしい。自分がまだここにいるという事の証明なんて、欲しくなかった。
ふと、己の手が視界に入ってくる。もう何も見たくないと思っていたのに、土で汚れた指にはまる藍色の輝きを見た途端、ドローレスの心はぐらりと揺れた。
(ネルソンさん……)
本当ならこのままいなくなってしまいたいのに、ドローレスは恋人の整った顔を思い出して息が詰まりそうになった。彼がくれた指輪を唇に近づけて、体を震わせる。
(いなくならないでって言って。一緒にいてほしいって、そう言って……)
それとも、彼ももう、ドローレスという存在の厄介さに気が付いてしまったのだろうか。だから自分たちは、まだぎくしゃくとした関係のままなのだろうか。
ドローレスはふらふらと立ち上がると、今度は亡霊のように歩いた。砂だらけの世界で泉を求める遭難者のように、その目が、心が、この苦痛を和らげるものを探している。それはネルソンに他ならないのだと、ドローレスには分かっていた。
そうして彷徨っている間は、まるで永久の時が流れているように感じられた。




