聖女に愛されて
「悪いけど、それは僕の役目じゃない」
クレアを助けるのは、彼女に魅了されてしまった者がする事だ。だとするならば、自分にその御鉢が回ってくる事など一生あってはならない。自分が守るのはドローレスだけ。魅了されるのもドローレスだけなのだから。
しかし、クレアはネルソンの腕を離さなかった。その声に力がこもる。
「でも、いつかはその役目を引き受けてもらいます」
ネルソンはクレアの声から強迫観念に近いものを読み取った。
「私は知ってしまいましたから。あなたが特別な側の人間だったと。私の聖女の力を強めるために必要な存在だったと……」
クレアがネルソンの耳元に唇を近づけてきた。「逃がしませんよ」と囁かれて、ネルソンの背筋に戦慄が走る。
「私じゃないと、あなたを幸せに出来ないんです」
クレアのねっとりとした声が、毒のようにネルソンの心に入り込んできた。
「私があなたを幸せにしてあげます」
ネルソンは、一瞬クレアの心の奥底まで見透かしてしまった気がした。昔から聖女として人々に幸福をもたらすべしと言われ続けてきたクレア。その思いが傲慢な思考と執着心を彼女に植えつけた。
クレアの手によってでしか幸せになれない人々がいるのは確かだ。例えばヒーローたち。彼らはクレアと恋愛をするために生み出された存在なのだから、きっと他の結末では、真の幸福を得る事なんて出来ないのだろう。
クレアはそれをきちんと分かっている。誰かに教えられたからではなく、乙女ゲームの主人公の本能としてそう理解しているのだ。
ネルソンも、本当はクレアのものになるのが一番の幸福なのだろうか。だが、そんな乙女ゲームのセオリーに逆らってでも、ネルソンはドローレスと一緒にいたかった。彼女と結ばれる以上の幸福がたとえ存在するとしても、そんなものには興味はなかったのだ。
「僕の幸せは、君の傍にはない」
クレアが去っていった後、ネルソンは呟いた。
「聖女でも幸せに出来ない者はいるんだよ、クレア」
きっとクレアには一生理解できない言葉は、そのまま空気に溶けるようにして消えていった。




