どうして私が……
だが、そう思った矢先、鳥はドローレスの手から飛び立っていった。ドローレスは「あっ」と軽く声を上げる。
それと同時だった。近くの茂みが、ガサッと不穏に揺れたのは。ドローレスはびくりと肩を震わせた。
「だ、誰……?」
ドローレスは恐々尋ねた。
「誰なの……?」
しかし、返事はない。野生の動物か何かだったのだろうか。だが、ドローレスの直観がその可能性を否定していた。
背筋を冷たい汗が伝う。喉がカラカラに乾いていくのを感じながら、ドローレスは震える足に力を込めて立ち上がり、勇気を振り絞って茂みの向こう側を覗き込んだ。
途端にドローレスは凍り付いた。茂みの後ろの下草には、明らかに誰かが踏みしめたような跡があり、その近くのぬかるんだ場所には、人間のものにしか見えない足跡が付いていたのだ。
だが、それだけではない。それらの周りには羽根が落ちていた。藍色の羽根が。
(まさか……私、誰かに見張られていたの……?)
ドローレスはぞっとした。その『誰か』とは、あの事件の犯人だという結論に達したのはすぐだった。
不意に今度は背後の茂みが揺れた。ドローレスは息を呑む。次に頭上の木の葉がざわめき、湖からは不審な水音が聞こえてきた。
ドローレスは生きた心地もしなかった。犯人がまだこの近くにいるのだという妄想に囚われ、どんな些細な物音にも敏感になってしまう。ドローレスはじりじりと後ずさりし、気が付いた時には、脱兎のようにその場から駆け出していた。
(助けて、ネルソンさん……!)
ドローレスは何度も転び、木の枝にドレスを引っ掛け、鋭い葉で体のあちこちに傷を作りながら、必死で走った。
(お願い、助けて……!)
だが、そうして祈ってみても、目の前にネルソンが現れてくれる訳ではないのだ。何とか森の出口まで辿り着いたドローレスは、その場に崩れ落ちた。
「もう嫌……」
もはや一歩も動きたくなかった。もっと人のいる所の方が安全だとは分かってはいたが、石になってしまったように足が動かない。
(どうして私がこんな目に遭わないといけないの……?)
これは何かの罰なのだろうか。自分がクレアを嫌ったから? それとも青嵐の鬼女だから? だが、たとえそうだったとしても、それは命を奪われなければならない程に重い罪なのだろうか。
ドローレスは、もう何もかもなかった事にしてしまいたいような、破滅的な衝動に駆られた。このままでは、恐怖の連続でおかしくなってしまう。そうなる前に、何もかも――自分自身でさえも壊して、消し去ってしまう方が良いのではないだろうかと思ってしまったのだ。




