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思い出の場所

 ドローレスは森の中にいた。手入れが行き届いた、様々な動物の住む森。そこは以前、ドローレスがネルソンと訪れた場所でもあった。あの日からまだそんなに経ってはいない。それなのにドローレスは、あの時の出来事を随分昔の事のように感じていた。


 ドローレスは前回と同じように、湖の傍の大木の傍に腰を下ろした。当時と違うのは、今は一人だという事だ。かつてはこの膝に乗っていた、愛する人の体温を思い出すように太腿に手を置いてみたものの、全く心は軽くならなかった。


(ネルソンさん……)


 ドローレスは木の幹に背を預けた。目の前には相変わらず静かな湖面が広がっているが、そんな昼下がりののどかな光景とは裏腹に、ドローレスの内心は穏やかとは言い難かった。


 ドローレスは不安で堪らなかったのだ。あの火事で、下手をすれば自分は死んでいた。しかも、あれは事故ではなかったのだという。つまり、誰かがドローレスの命を狙ったという事だ。


 もしかしたら、今こうしている間だって、その殺人者が自分の命を刈り取る次の計画の準備を着々と進めているかもしれない。そう思うと、猛獣を前にした草食動物のように、今すぐここから逃げ出したいとさえ感じてしまう。しかし、それは許されない事なのだ。


(こんな時、ネルソンさんが傍にいてくれたら何の心配もしなくてすむのに……)


 ドローレスは無意識の内に、彼がくれた指輪をなぞる様にして撫でていた。こうしていれば、ネルソンがすぐそこにいてくれるような気がしたのだ。


 だが、それは所詮は幻の感覚だ。今のドローレスは、たった一人だった。たった一人でこの恐怖と向き合わなくてはならない。それはとても苦痛だったし、心細くて仕方がない事だった。


 もちろん、ネルソンに傍にいてほしいと願うのは我儘な事だというのは、ドローレスにも分かっていた。ネルソンは自分のために犯人を探そうとしてくれているのだ。それなのに一緒にいてほしいなんて言って、分からず屋だと思われたくない。彼に呆れられないように、今は我慢しなければならないのだ。


 それでも、ネルソンが事件の調査で忙しくて会えない日が続く内に、ドローレスは段々と寂しさが募っていった。そしてとうとう不安と恐怖と寂寥せきりょうが限界に達して、せめて彼との思い出を辿りたくて、こうして森まで来てみたのだ。


 しかし、ドローレスは後悔していた。こうしていてもあの時の楽しかった事を思い出してしまって、かえって陰鬱な気分になるだけだったのだ。隣にいないネルソンの事ばかりが気になって、ドローレスはどんどん暗い気持ちになっていく。だが、こんな事なら来なければ良かったと思ってみても、もう遅かった。


 ドローレスが悲愴ひそうな心地で地面に生えた草をいじっていると、何かが視界の端で動くのが分かった。少し顔を上げると、藍色の小鳥が一羽、ドローレスの膝の上に降りてくる。


「あの時と同じ子かしら……?」

 

 ドローレスは小鳥に向かって手を伸ばした。藍色の鳥はドローレスの指先を軽く食む。


「ごめんね、今日は食べるものは持って来ていないの」


 鳥はドローレスの指を噛むのをやめて、ちょこんと手の甲に乗った。そして、軽く首を傾げる動作をする。その仕草が可愛らしくて、ドローレスは少しだけ和んだ気分になる事ができた。少なくとも、この鳥は自分の味方なのだという気がしたのだ。

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