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聖女の姉

「ヒルダ……。大丈夫か?」


 怒り狂った猫のように肩でフーフーと息をしているヒルダに、ネルソンは恐る恐る話しかける。一瞬血走った視線が飛んできたが、そこにいたのがネルソンだと分かると、ヒルダは正気に戻って「平気ですわ」と言った。


「その……見苦しいところをお見せしましたわ」


 ヒルダは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。洗濯籠を地面に置くと、何でもなかったように別の籠からタオル類を取り出して洗濯物干しを再開する。


「どうやら、クレアは君が犯人だと思っているようだな」


 ネルソンは同情しつつも、ヒルダが洗濯物を干すのを手伝った。ヒルダは再び顔を歪めて、「いい迷惑ですわ!」と剣呑な声を出す。


「何だってわたくしがクレアのために人殺しなんてしないといけないんですの!? 冗談ではありませんわ!」


 ヒルダはかなり憤慨していた。洗濯物の小さな青い手拭いを握りしめながら、ぎりぎりと歯を食いしばっている。


「君はクレアの姉だからな」

 ネルソンは、皆がどんな風に噂をしているのかを思い出していた。


「大切な妹を何とか守りたい。それが姉の使命だ。そう考えるのが普通だと、クレアは思ったんだろう。それに他の人たちも、そう判断しているんだよ」

「何が大切な妹ですか!」

 ヒルダは恐ろしい呪いの言葉を聞いたかのように震え出した。


「クレアが大切な妹だなんて、わたくし、そんな事は一度だって……」

「ヒルダ?」

 ネルソンは、ヒルダの声に嫌悪が含まれているような気がして首を傾げた。


「でも、君は……」

 言いかけて、ネルソンは口を閉ざした。


(そう言えば僕は……クレアについて、ヒルダからあまり話を聞いた事がなかったな……)


 ネルソンとヒルダは幼馴染だ。昔から二人はよく一緒に遊んでいたし、他愛のないおしゃべりもたくさんした。しかし、その話題の中に、クレアの事はほとんど含まれていなかったとネルソンは今更のように気が付いた。


 だからネルソンは、クレアについてあまり知らなかった。かつてのネルソンにとってのクレアは、幼馴染の双子の妹で、恋人のライバルという存在でしかなかった。同時にこのゲームの主人公でもあるが、自分の事をモブだと思っていたネルソンにとっては、それもさして重要な事ではなかった。


 ネルソンが、クレアがどんな人物なのかを詳しく知ったのは、エンディングを迎えてからだ。彼女は強引だったし、ヒルダが言うように強欲な娘だった。


 だが、意外にも彼女の欲望は私利私欲のためのものではなくて、聖女として皆を幸せにしたいという考えから来るものだった。


 そのため、今のネルソンの目には、クレアは一概に悪女とも言い切れないような、複雑な性質の持ち主として映っていた。

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