逃亡?
「手がかり……」
ふと、ヒルダがロビンの言葉に、何かを考え込むそぶりを見せた。そして、「まさか」と呟く。そのやけに深刻な口調が気になって、「どうした?」とネルソンは尋ねる。
「い、いえ。大した事では……」
ヒルダは言いにくそうに口籠った。だが、ネルソンは食い下がる。
「ヒルダ、言ってみてくれ。今はどんな事でも良いから、手がかりが欲しいんだ」
「それは……そうですわね」
ネルソンの気迫に押されたように、ヒルダはおずおずと頷いた。
「その、もしかしたら、出て行ったのではないか、と思いまして……」
「出て行った? 女子修道院からか?」
ネルソンは小首を傾げた。
「確かに男子修道院は、まだ探していないな。女子修道院にいないとなれば、そこにいると考えるのが妥当か……」
「いえ、そうではなくて……」
ヒルダは少し声を落として続ける。まるで、重大な秘密を暴露しようとでもするかのようだ。
「『ここ』から出て行った、という事ですわ。この……インディゴ大修道院から……」
まさかの言葉に、皆が一瞬静まり返ってヒルダの方を見つめた。ややあって、ネルソンは「どういう事だ?」と掠れた声で尋ねる。
「出て行った……? ドローレスさんが、この大修道院から……?」
「実は……わたくし、昨日、ドローレスさんとお会いしていたんですわ。その時に、何の気なしに言ったんですの。ここから出ていけたら、色々な事から解放されますのにね、って」
ヒルダは思案顔になった。
「ですが、半分冗談のようなものでしたのよ。だってそんな事、現実的な考えとは思えませんでしょう? でも、もしかしたら、ドローレスさんはそう感じなかったのかもしれませんわ」
つまり、ドローレスはヒルダの言った事を本気にして、ここから逃亡してしまったというのか。まさかの展開に、ネルソンは愕然となった。
それは、他の者たちも同じだったようだ。捜索隊の面々に、ざわめきが波のように伝播してゆく。彼らが動揺する声がネルソンの耳に入ってきた。
「逃亡した……このインディゴ大修道院から、鬼女が……?」
「そんな事があっていいのか? ここは、鬼女が災いをあちらこちらにまき散らさないようにするために、閉じ込めておく場所だというのに」
彼らにとっては、この大修道院はそんな牢獄のような場所に映っていたのか、とネルソンは遣る瀬無いような気持ちになる。だが、次に聞こえてきた会話は、もっと不穏なものだった。
「我々が、鬼女を逃がしたと思われたらどうします?」
一人の修道女が何気なく放った一言に、周囲の顔色が変わった。
「もしかしたら、私たちが罰を受ける事もあるのでしょうか?」
「た、大変だ! そんな事になる前に、早く鬼女を捕まえなくては!」
「関所を封鎖してもらうように伝令を出すか? もしかしたら、まだ遠くまでは行っていないかもしれん」
「いいえ、そんな事をすればこの件が外に漏れて……」
息巻く人々の目には恐怖と不安の色が見え隠れし、その表情は硬く険しい。中には耐えきれずに握りこぶしを作りながら、気勢を上げて今にも走り去ろうとする者もいるくらいだ。彼らのただならぬ様子は、山奥に潜む化け物を狩りに行く計画を立てる集団のようであった。
こんな人たちに捕まったら、どんなひどい目に遭うのか分かったものではない。ネルソンは慌てて、彼らの中に割って入った。




