幻の未来
(私が、どこかへ行ってしまう……?)
思いもつかなかった事だった。青嵐の鬼女は死ぬまで辺境の修道院で暮らさなければならない。そういうものなのだと、この王国に住む者なら誰でもそう教えられてきたし、ドローレスもそれが当たり前だと思い込んでいた。
(でも……ここから出て行く事ができたら、もう色んな仕事を押し付けられる事はなくなるのね)
それに、クレアの顔も見ずに済む。だが、一つだけ懸念すべき事があった。
(ネルソンさんは……ついて来てくれるかしら)
ドローレスは、もうネルソンと離れたくなかった。彼と一緒でなければ、ここから出られたって少しも嬉しくない。
しかし、ついて来てくれる事になったらなったで、その後をクレアも追いかけて来るに決まっている。これでは何の意味もない。
(本当に嫌な女……)
ドローレスは唇を噛みながら、またベッドに横たわった。腰まである長い藍色の髪が、白いシーツの上で波打つように広がる。ドローレスはそれを一束摘んで、人差し指に巻き付けた。
(……この藍色の髪や目がある限り、どこに行っても、きっと誰からも歓迎なんてされないわ)
ネルソンはドローレスの髪や目を美しいと褒めてくれるし、昔はドローレスもそう思っていたが、今は違う。
ドローレスは、この濃藍は世界で一番おぞましい色だと感じていた。外見だけ聖女の振りをした醜い鬼女の象徴。この髪を全部引っこ抜いて、両目を抉り取ってしまえれば、どれほど良いだろうか。そんな事では鬼女の力は消えないと分かっていても、ドローレスは、時折どうしようもなく遣る瀬無い気分になってしまうのだ。
(でも、これだけはどうしようもないわね……)
ドローレスは憂鬱な手つきで左耳のイヤリングに触れる。これこそ、紛う事の無い青嵐の鬼女の証だ。
このイヤリングは、何か特殊な品であるらしい。着けられた本人は外せないのだ。残された手段は、耳ごと削ぎ取ってしまうくらいのものだろう。
頭には髪が一本もなく、両目は見えず、片耳は失われている。そんな姿にならなければ、鬼女であるという事を隠しおおせない。
だが、それでも鬼女の力自体は消えないので、自分がどこかへ行く度に、その場所では不幸が起こってしまうのだろう。それが元で正体が露見しないとどうして言い切れようか。
(……出て行くなんて、無謀な考えだわ)
しかし、理性的に考えてみたところで、どこか状況を楽観視したい自分がいるのもまた事実だった。もし、この陰鬱な修道院から解放されて、ネルソンと二人、新天地で仲睦まじく暮らせたら――。
そんな起こり得そうもない未来に、ドローレスはその後も心を奪われ続けたのだった。




