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終わらない役目

「ヒルダ、困った事になったみたいだ」


 一旦ドローレスの部屋から引き揚げ、別室で待機していたヒルダと合流すると、ネルソンは苦悩に満ちた声を出した。


 ネルソンは、先程ドローレスに言われた事をヒルダに話す。ヒルダは「ふーん……」と神妙そうに唸った。


「おかしいですわね。エンディングを迎えたら、もう自分の役目からは解放されるはずなのですが……」

 

 ネルソンもヒルダも、このゲーム上ではただのモブ――つまり、特に重要な役割を担っている訳ではないキャラクターだった。ネルソンの立ち位置は一見重要そうだが、恐らくゲーム的に見れば、ドローレスの婚約者は存在さえしていれば誰でも良かったという事なのだろう。 


 だが、ゲーム上で特別な役割を担っていない代わりとでも言うべきか、モブキャラにはある特別な力が備わっていた。それが、この世界がゲームなのだと誰に教えられずとも知っているという知識だった。これは、主要人物にはいくら説明しても全く理解されない事柄である。


「たとえ主要人物であっても、エンディングを迎えたら自由に生きられる……」

 ネルソンは頭を抱えながら、湧き上がってくる混乱を鎮めるように先程ヒルダが言った事を復唱する。


「そのはずだったよな?」

「ええ、そうですわ」


 これもまた、モブだけが知り得る真実だった。例えば、人の心など無い極悪非道の犯罪者として描写されていた人物が、エンディングを迎えた後は己の罪を悔い改めて真人間になったっておかしくはないのだ。


 だからネルソンは、エンディング後のドローレスが、まだ悪女みたいな事を言っている理由が分からなかった。


「ドローレスさんは、本心からクレアが嫌いなのかしら」

 ヒルダが首を捻る。


「ゲーム上の役割が悪役だったからクレアを厭っていたのではなくて、本当に嫌な子だと思っていたのかもしれませんわ」


 ヒルダが複雑そうな表情になる。当然だろう。ヒルダは、クレアの双子の姉なのだ。妹が誰かに嫌悪されているなどという状況が、彼女にとって好ましいものであるはずがない。


「でも……ヒルダ。そうだとしても、ドローレスさんは何だか変なんだよ」

 ヒルダが気の毒になって、ネルソンは少し話題を逸らした。


「僕の一世一代のプロポーズを、『そんな事』呼ばわりしたんだぞ。こんな事ってあるか?」


 ネルソンは、自分たちの間には、確かな愛があると信じていた。愛を集める競争には負けてしまったが、それはあくまでゲーム上の話で、実際は、ドローレスが自分に向けてくる愛情は、何よりも大きいと思っていたのだ。


「今のドローレスさんは、クレアへの復讐の事しか頭にない。僕の事なんて、二の次だ。もう滅茶苦茶だよ……」


 ネルソンは、ドローレスがどのようなエンディングを迎えようとも、これから彼女と二人で生きてゆくつもりだった。そして、やっと自分の役目から解放されたドローレスと、蜜月を過ごそうという計画を立てていたのだ。


「何か、私たちの想定外の事が起こっているのは間違いないですわね」

 魂が抜けたようになってしまっているネルソンの背を、ヒルダがさする。


「とにかく、もう少し様子を見てみましょう。そうすれば、何か分かるかもしれませんわ」

「……ありがとう、ヒルダ」

 ネルソンは、こんな時でも冷静な幼馴染に感謝した。


 今までも、ネルソンとヒルダは親友として、そしてモブ同士として、度々このゲームの行く末を話し合ってきた。今回ヒルダが自分についてきてくれたのだって、ネルソンを心配しての事だった。彼女は昔から、何かとネルソンを気に掛けてくれていたのだ。


「君と友だちでよかったよ」

 ネルソンは力なく笑った。


「僕一人じゃ、戸惑うばかりだったと思う。君がいて、本当に……」


 部屋の外から聞こえてきた大きな叫び声によって、ネルソンの声は掻き消された。女性の悲鳴だ。ネルソンは反射的に立ち上がる。今この宿に滞在しているのは、ドローレスしかいない。

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[気になる点] >>「僕一人じゃ、戸惑うばかりだったと思う。君がいて、本当に……」 これ異性の友人に言ってはいけないやつ…… 婚約者を迎えに行くのに他の女性を連れて行くのは無神経ですね。 ヒルダがネ…
[一言] プロポーズ失敗して少し虚ろな様子が可哀想だけどかわいいと思ってしまった…… プロポーズを想い合っている(はずの)相手に遮られるってものすっごくショックだろうとは思うのに、放心している場合じゃ…
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