ウサギ
広い大修道院の敷地を移動し、ネルソンたちはクレアの部屋に辿り着いた。宿舎の最上階にある部屋だが、造りは他の個室と同じだ。
しかし、清貧を是とする修道者の私室は殺風景で小ざっぱりしているのが普通なのだが、クレアの部屋は、豪奢なシャンデリアや滑らかな光沢を放つテーブルなど様々な家具や装飾があり、まるでどこかの宮殿の中にある一室のように飾り立てられていた。
棚の中の食器類や鏡台の上のブラシなどの小物さえ、かなり高価な品のようだ。こんな辺鄙な田舎の修道院に存在するには似つかわしくない品々だが、きっとクレアのために、ここの修道者たちや近隣の住民などが色々な贈り物をしたのだろう。
「狭いけど、良い所のようだね」
カルヴァンが、弾むような足取りで手近にあった椅子を引く。
「さあ、どうぞお姫様」
「ありがとうございます」
クレアはにこやかに笑って、そこに座る。
もう逃亡の危険性はないと判断されたのか、ロビンがやっとネルソンを放してくれた。ネルソンは、少し伸びてしまったシャツの襟の形を整えながら壁に背中を預ける。
だが、腰を落ち着けた訳ではなく、頭の中ではこの場から一刻も早く逃げ出す方法を必死に考えているところだった。そうしている間にも、ヒーローたちは茶の準備を始めている。
「クレア、茶葉はどこにあるんですか?」
ポットを持ったルースが尋ねる。クレアは、「その棚の一番上ですよ」と言った。
「少し奥まった所に入れたので、もしかしたら分かりにくいかも……あら?」
クレアは不意に言葉を切って、足元を見つめた。ネルソンも視線を遣ると、絨毯の隅の方に何かが落ちているのが目に入った。白くてふわふわした、丸いものだ。ネルソンには、毛皮か何かで出来た帽子のように見えた。
「どうしたんだ?」
セシルが怪訝そうな顔をして尋ねてくる。クレアは、「これ、何でしょう……?」と呟いて、その白い物体に手を触れた。
「えっ……こ、これって……きゃあっ!」
クレアは一瞬固まった後、真っ青になってそこから飛び退いた。ロビンが「何だ!?」と駆けつけてくる。
「あ、あれ……」
セシルに肩を抱きすくめられながら、クレアは震える指先で白い物体を指した。顔色が紙のようになっている。何か尋常ではない事態が起きた事は明白だった。
ロビンがその物体を掴んで持ち上げた。途端にその正体が分かり、ネルソンは息を呑んだ。
ウサギだった。きっとこの大修道院で飼われているものだろう。もしかしたら、先程ネルソンが餌をやり、クレアが可愛いと言っていた家畜の内の一匹かもしれない。
だがこのウサギは、あの時元気に小屋の中を駆け回っていた仲間たちとは、明らかに違う点があった。ぴくりとも動かない四肢と虚ろな目、だらりと開いた口。どう見ても、すでに息はなかった。
「……まだ温かいぜ」
ロビンが言った。
「死んでから、そんなに時間は経っていないな」
「……ああ、何て事」
クレアの悲痛な声が、静まり返った部屋にゆっくりと響いていった。




