聖女の執念
「わあー! ウサギ、可愛いですね! 白くてもこもこです!」
ネルソンがウサギに餌をやっていると、ウサギを囲っている柵の向こうからクレアが話しかけてきた。
「……毎度毎度、よく僕のいる場所が分かるな」
ネルソンは呆れ半分で言った。乙女ゲームの主人公たるもの、ヒーローのスケジュールくらいは頭に入っているのが当然なのだろうか。
「アダルバートさんに案内してもらいました」
クレアは、ネルソンの疎ましくてたまらないといった視線をものともせずに言う。
「アダルバートさん、ここまでありがとうございました。もう下がってもらって結構ですよ」
クレアは、自分のすぐ後ろにいた男に声を掛ける。アダルバートは相変わらずの武骨で陰気な顔に恍惚とした表情を浮かべていた。
最初にクレアを見た時から彼女に夢中なアダルバートだったが、それは今でも変わらないらしい。クレアからもう役目は終わったのだと告げられると、明らかに失望の色を浮かべた。
「せ、聖女様、他に何かしてほしい事は……」
興奮でやや声をつかえ気味にしながら、アダルバートが言った。
「お、俺は、せ、聖女様のためなら、何でもしますよ」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ」
クレアは優雅に微笑んで、アダルバートからの申し出をやんわりと断った。
クレアは大した容姿でもないが、アダルバートには、その笑顔が美の女神であるかのように映っているらしい。さらに締まりのない顔になって、「そうですか……」と言いながら、神からの啓示を受けた人間のような足取りで去っていった。
「私もお手伝いしますね」
邪魔者を追い払ったクレアは、ヒーロー攻略に専念しようとする。だが、もちろんネルソンは攻略されてやる気などさらさらない。「結構だ。もう終わった」と冷たく言い切って餌の入った籠を持つと、すぐさま立ち上がった。足元のウサギたちが、もっと食べたいとでも言うかのようにこちらを見上げてきたが、無視をする。
しかし、クレアはしつこい。ウサギ小屋から離れるネルソンに小走りでついて来ながら、「次は何をするんですか?」と尋ねてくる。
「私、何でも手伝いますよ。ネルソンさんの役に立ってみせます!」
先程アダルバートが述べたような台詞を吐くクレアに、ネルソンは「そんな必要はない」と返し、ちらりと彼女の方を見た。
クレアの頭上には、相変わらずネルソンの好感度ゲージが浮かんでいる。だが、それは今のところ、全く溜っていく気配を見せていなかった。ネルソンは自分につきまとって来るクレアの事を疎ましく思っているのだから、当然だろう。
クレアには、好感度ゲージは見えないはずだ。それでも、自分がネルソンの歓心を買えていない事がよく分かっているのだろう。その状況を何とか打破しようとしてか、このところ、ネルソンのところに訪問してくる回数は増えるばかりだった。




