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聖女の起こした奇跡

「彼の奥様……マギーさんは随分前から重い病にかかって、ここの女子修道院にある病院に入院していました。ですが、一向に快方に向かう気配はなく……。マギーさんも、もう年だからと生きる事をほとんど諦めており、薬も飲まず、食事もろくにとっていませんでした」


 己の残りの命について悲観的になっていた老女。だがそんな彼女の考えは、クレアが病院を訪問した事によって一変したという。


「マギーさんは、自分の生ある内に聖女様と会えた事にいたく感激して、それから積極的に治療をするようになりました。毎日きちんと薬を飲み、栄養のあるものを食べ……誰もが驚く程の回復ぶりを見せたのです」

「……それが、クレアが起こした『奇跡』ですか?」

 ネルソンは鼻白んだ。


「馬鹿らしい。それは、マギーさんが真剣に療病に取り組んだ結果でしょう。クレアは何もしていないではありませんか。病気だって、治るべくして治ったんですよ」

「……あなたは、聖女様のお力を信じないのですね」

 モリスが神妙に言った。


 重々しい口調だったが、意外な事にその声色は、揶揄や非難の響きを帯びてはいなかった。ネルソンは少し驚いて、思わず疑問を投げかけてしまう。


「大修道院長様も、クレアには特別な力などないと思っているのですか?」

「……青藍の聖女は神が遣わした存在です」 

 モリスは、はっきりとした答えを口にしなかった。


「神は我々には感知しえない場所から、全ての人を見守る存在。ですが、神は直接的には何もしてくださらないのです。人々に試練や祝福を与え、我々をお試しになられるのみ……」

「青藍の聖女は神が遣わした存在というのは、そういう意味だったのですね。つまり、クレアは――青藍の聖女は、神が与えた祝福であり、神の代行者……」

 

 そこで、ネルソンはふとある事を思い立った。


「では、青嵐の鬼女も神が遣わしたのですか? 人々に与える試練として」

「その通りです」

 モリスは頷いた。


「聖女様も鬼女様も、神が必要だとお思いになられたからこそ、お作りになられた存在。だと言うのに、聖女様のみを歓迎し、鬼女様を厭うというのは、おかしな話です」


 なるほど、とネルソンは思った。モリスは初めから、クレアにもドローレスにも平等に接しているように見受けられた。それには、こんな理由があったのか。


 要するに、二人とも神に必要とされた存在なのだから、どちらか片方にだけ敬意を払うのは不適当だと考えているという訳だ。


「ですが残念な事に、修道者の中にも、こういった考え方をしない者がいるのも事実です」

 モリスは嘆かわしそうだった。


「では、大修道院長様から見たら、僕も良くない事をしているのでしょうね」

 ネルソンは目を細めた。


「僕は、ドローレスさんの事は大切に思っていますが、クレアは好きではありませんから」


 鬼女を慕い、聖女を厭う者など、自分くらいのものだろう。だが、モリスは思いもかけない返しをする。

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