神に感謝を
「父なる天、母なる海、その子なる大地。そして我らを導き給う神に感謝を」
大修道院長のモリスが説教を締めくくる声が、高い天井を持つ聖堂に響く。厳かな声は石造りの堂内の空気を揺らし、側廊で他の修道者たちと控えていたネルソンも、思わず背筋を正した。
今日は、本堂で週に一度行われる祭儀の日だった。ネルソンも、その手伝いに駆り出されたのである。
ネルソンは敬虔な信徒でも何でもないが、こういったところで聞く説教が、ある種の神聖さを持っているというのは理解できた。身廊に置かれた長椅子に座る信者たちの中には、神に魂まで捧げてしまったかのように、ぼうっとなっている者もいる。
信者があらかた帰って行った後、ネルソンは修道者たちに交じって祭儀の後片づけを始めた。ネルソンが床をモップで拭いていると、その背に声が掛かる。
「精が出ますね」
式典用の服に身を包んだモリスだった。いつもより威厳が増したように見えるその姿に、ネルソンは思わず「ありがとうございます」と頭を深々と下げた。
「ですが、別に大した事ではありませんよ」
ネルソンは、バケツにモップの先を浸した。
「僕は、信徒の前で説教をしたりは出来ませんから。こうして別の形で役に立とうとしているだけです。それにしても、大修道院長様の説教はすごいですね」
ネルソンは、ある一点を見つめて言った。
「まだ帰らない方もいます。余程感動したのでしょうか?」
隅の席に、一人の老人が座っていたのだ。老人は、ぼんやりと祭壇の方に視線を向けながら、そこだけ時間が止まってしまったように微動だにしていなかった。正直に言って、少し掃除の邪魔だ。
「ああ、オーレックさんですね」
どうやらモリスの知り合いであるらしい。モリスは彼の傍へ行くと、その肩を軽く揺すった。
「オーレックさん。どうなさいました?」
老人はほとんど放心状態だったものだから、モリスの問いかけに反応を返すのが少し遅れた。ややあって、今目の前にいるのが誰か分かると、老人は、「おお、大修道院長様」と掠れた声を出した。
「神との対話をしておりました。……もう祭儀は終わりですか?」
「ええ、皆さん、お帰りです」
堂内にいた一般の信徒はすでにこの老人だけだ。オーレックは辺りを見ながら、「本当ですな」と言った。
「実は神に御礼を述べていましてな。感謝してもしきれん事がありましたから」
「奥様の事ですか?」
モリスの質問に、帰り支度をしていたオーレックは一瞬その手を止め、目を輝かせながら「もちろんです」と言った。
「あれは奇跡ですよ。他に表現のしようもありません。青藍の聖女様を遣わしてくださった神には、本当に、本当に……」
くどいくらいの万謝の言葉を述べながら、オーレックは去っていった。気になったネルソンは「一体何があったのですか?」とモリスに尋ねる。
「クレアが何かをしたのですか?」
「ええ。あの方の言葉を借りるのなら、『奇跡』を起こしました」
モリスが答える。




