乙女たちの正体
「ドローレスさんは大丈夫?」
しかし、きっとドローレスはそんな準備はしていなかったに違いない。修道院暮らしの予習なんて、自分がクレアとの競争に負けた結果にしか訪れない未来を、勝気なドローレスが想定しているなんて考えにくい事だったからだ。
そんな彼女にとっては、ここでの暮らしは戸惑う事ばかりだろう。事実、ドローレスは少し痩せたように見えて、ネルソンは不安を感じる。
だが、ドローレスが口にしたのは、意外な事実だった。
「ええ、まあね」
ドローレスは肯定とも否定ともつかない言葉を吐いた。
「私、大した事はしていないから。朝起きてから、ずっと自分の部屋でぼんやりしているのよ」
「ずっと?」
「……皆、私に何かをさせようとしたがらないの。それに、不用意に出歩くのもやめてほしいって雰囲気だし……」
ドローレスは青嵐の鬼女。そんな彼女があちこち移動したりなどすれば、災いがそこいら中に降りかかってくると思われているのだろうか。
「なるほど……」
ネルソンは唸った。
「それは……何とかしないと」
ネルソンにとっては、ドローレスが慣れない労働に苦労するのも心配すべき事だったが、未だに彼女がここに住む大多数の人々に受け入れられていないというのも由々しき事態に感じられた。
「そうだな……ヒルダに相談してみようか」
「えっ、ヒルダさん?」
ドローレスは目を見開いた。
「ヒルダは、ここの生活に馴染んでいるみたいだからね。さっき会った時も、しっかり仕事をこなしているように見えたし……。彼女はずっとここにいる訳じゃないけど、それでも、もう立派な大修道院の一員になりつつあるように感じられたよ。そんなヒルダが他の修道女たちに何か言えば……」
「私、自分の力で何とかしたいわ」
ネルソンの言葉が終らない内に、ドローレスが口を挟んだ。
「こういう事って、結局は自力で解決した方が、私のためにもなると思うの。……違うかしら?」
「うーん……そういう考え方もあるか……」
ドローレスらしい気丈な発言に、ネルソンは少し笑ってしまった。「良い心がけだね」と付け足す。
「私、頑張って皆と打ち解けられるようになってみせるわ」
ネルソンの笑顔にドローレスも元気付けられたようで、はっきりと言い切った。
「次に会った時は、良い報告が出来るようにしてみせるから、楽しみにしていて」
「ああ、もちろん」
有言実行すべく、ドローレスは踵を返して去っていった。会ってすぐに別れなければならない事に少し寂しさを覚えつつも、やる気になってしまったドローレスの邪魔をするのは悪いと思い、ネルソンは静かに彼女を見送る。
(ああ、まったく……どうしてドローレスさんが青嵐の鬼女なんだろう……)
小さくなっていく華奢な背を見送りながら、ネルソンは口惜しい思いでいっぱいだった。
ネルソンは、ドローレスと居たって少しも不幸な目になど遭っていない。以前と変わらず、彼女の姿を目にした途端、とても満ち足りた気持ちになるのだ。
逆にクレアといると、気疲れを覚えるし、出来れば近寄ってほしくない。これではドローレスが聖女で、クレアが鬼女のようだ。
ネルソンはふと、実は鬼女も聖女も何の力も持っていないのではないだろうかと思った。ドローレスやクレアが、良い意味にせよ悪い意味にせよ特別視されるのは、あくまでゲームとしての設定上の事であって、本当はあの二人に特異な能力なんて存在していないのでは……。
だが、そう思ってみたところで、それを立証する方法などないのだ。それに、『設定』とは、この世界における絶対的なルールの事を指す。
もし、二人の藍色の乙女が実は普通の人間と変わらないと証明できれば、ドローレスへの皆の態度も変わるかもしれないとは思うものの、この世界の理をたかが登場人物の一人に過ぎない自分が変えるなんて、到底出来っこない。
(……これじゃ、まるでドローレスさんの役には立てないな)
無力な自分に失望しながら、ネルソンは男子修道院に帰った。




