大修道院での暮らし
そんな穏やかとは言い難い幕開けと共に、ネルソンたちの修道院暮らしは始まった。
インディゴ大修道院は、その巨大な敷地の右翼に男子修道院が、左翼に女子修道院がある。
大修道院全体の運営を担当している場所は本堂と呼ばれ、ちょうど男子修道院と女子修道院を結ぶ中間地点にあり、ネルソンたちがモリスと面会したあの大修道院長の執務室もここにあった。
男子修道院は女人禁制であり、女子修道院は男子禁制ではあるが、この本堂は例外的に誰が入っても良いらしい。
修道院は祈りの場であるだけでなく、自給自足を営む共同体の一面も持ち合わせている。そのため、敷地の中には病院や学校、農場などもあった。
労働は祈りに繋がるという考え方の元、そういった場で奉仕活動をしているのは修道者たちだが、そこで得られた余剰生産物は、近隣の住民に配られたり、出入りしている商人との交易に使われたりする事もある。
労働している時間を除けば、修道院での生活は、ほとんど時計に支配されていると言っても良かった。すなわち、毎日同じ時間に起き、祈り、食事をして眠るのである。
もっとも、ネルソンは神の僕になるためにここに来た訳ではないので、毎日の祈りや、型にはまった生活を強要される事はなかった。
だが、モリスに言われた通りに、ここに置いてもらっている以上は奉仕活動を手伝わねばならない。ネルソンは、修道士に交じって畑仕事をしたり、掃除をしたり、祭儀の準備を手伝ったりした。
元々体を動かす事が好きなネルソンだったので、そういった生活は大して苦にはならなかった。むしろ、結構向いているのではないかと意外な適性を見つけてしまった程だ。
しかしながら、全てが順調という訳ではなかった。
「ネルソンさん、こんにちは」
揚々とした笑顔で話しかけてきたのはクレアだ。鶏小屋から出てきたネルソンは、思わず「げっ」と言いそうになった。
この大修道院では、例外を除いて、来る者は拒まず、去る者は追わずの姿勢を取っているようだった。
ネルソンは、クレアがその例外になる事を期待したが、そうはならなかった。モリスの言葉を借りるなら、『神に導かれた』クレアは、ネルソンたちと同じ日に、この大修道院での新たな生活をスタートさせたのである。
「わあ、卵! 沢山とれましたね!」
クレアは藁を敷き詰めた籠の中を見て、歓声を上げる。
「女子修道院でも、卵くらいとれるだろう」
ネルソンはそっけなく言った。
「でも、ネルソンさんがとった卵は、ここにしかありませんよ」
クレアはキラキラした目でネルソンを見つめる。
「ねえ、ネルソンさん。私、ネルソンさんがとった卵で作るお料理を毎日食べられたら、とっても素敵だと思うんです。それも、王都にある私の大聖堂で。……ネルソンさんも、そう思いませんか?」
「思わない」
げんなりしつつもネルソンは断言した。
「僕は忙しいんだ。用がないなら、どこかへ行ってくれ」
「では、いつ頃お暇になりますか?」
「今日は一日忙しい」
特に本日の予定を思い浮かべようともせず、ネルソンは適当な答えを口にした。「そうですか……」としょんぼりするクレアを置いて、さっさとその場を後にする。卵を抱えたネルソンが向かったのは、女子修道院の方だった。
クレアが来て唯一良かった事と言えば、男子修道院と女子修道院の往来の制限が緩くなった事だろう。
クレアは今回のように、ネルソンに会いに、しょっちゅう男子修道院の敷地まで来る。他の者ならいざ知らず、聖女のそういった行為を注意できる者などいるはずがなかったし、むしろ男子修道院に来てくれるクレアを、修道士たちは歓迎している部分があった。
また、青藍の聖女を一目見ようと、女子修道院にこっそり忍び込む修道士たちも出てきて、もはや双方の修道院が掲げる男子禁制も女人禁制も形骸化していた。今では、修道士たちが女子修道院の仕事を手伝う光景も見られるようになった程で、逆もまた然りだ。
女子修道院に自由に出入りできる様になる事でネルソンが受けた一番の恩恵は、好きな時にドローレスに会いに行ける事だろう。この点だけは、クレアに感謝しなければならない。




