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鬼女の住処

 またしばらく馬車に揺られてから宿を取り、次の日にネルソンたちは目的地に到着した。


「では、私はこれで……」


 御者がそっけなく挨拶して、乗ってきた馬車が小さくなってゆく。ネルソンはその姿を見届けた後、目の前に建つ修道院を見つめた。


 俗世のものを一切拒むような高い塀に囲われたこの施設は、『インディゴ大修道院』と呼ばれている。代々の青嵐の鬼女が収容されてきた場所だ。


 かつて、青嵐の鬼女は各地を転々としていた。それを不憫に思った当時の青藍の聖女が、この大修道院を作り、ここが鬼女たちの居場所となるようにしたのだとか。


 記録によると、誰もがその聖女の慈愛に満ちた行動に感涙したらしいが、実際にインディゴ大修道院を訪れたネルソンとしては、こんな監獄みたいに陰気な場所を作られても、正直に言って有難迷惑なだけだろうという感想しか浮かんで来なかった。


「あまり、良い所じゃなさそうですね」


 ヒルダも同じ事を考えていたのか、早くも辟易したような顔になっている。ドローレスは何も言わずに、ただ塀の上から覗く鐘のついた塔を見上げていた。


「ようこそ、インディゴ大修道院へ」


 ネルソンたちが正面に構える巨大な鉄の門まで来ると、中からいわおのように体の大きな男がやって来た。この大修道院に相応しい陰鬱な顔に鬱陶しそうな鈍い色の金髪がかかっていて、ますます辛気臭そうに見える。


 男は出迎えの言葉をかけてはくれたものの、声まで重苦しいので、あまり歓迎されているような気にはなれなかった。


「鬼女様ですね? 大修道院長様がお待ちです」


 男は、青嵐の鬼女が他にも人を連れて大修道院までやって来た事については、大した興味もないのか特に問いただそうとはしなかった。そのまま踵を返して、さっさと歩いて行ってしまう。ネルソンたちも広い大修道院の中で迷子にならない内に、急いでその後を追った。


 大きな庭に面するように伸びる荒い石造りの回廊を進む。庭には畑や家畜小屋が作られており、修道服を着た人々が雑草を抜いたり、鶏に餌をやったりしていた。


 だが、青嵐の鬼女が収容される大修道院の者だからといって、誰もが実際の鬼女に理解を示している訳ではないようだ。遠目にも目立つドローレスの濃い藍色の髪を見るなり、悲鳴を上げたり物陰に隠れたりする者も散見された。


「……こういう所なのに、あんな反応をする人たちもいるのね」


 大きな木の後ろに隠れたままへたり込んでしまった修道女を見て、ドローレスは複雑そうに呟いた。


 きっとドローレスは、無意識の内にこの大修道院に期待していたのだろう。どこへ行っても嫌われ者の自分を受け入れてくれる唯一の場所になるに違いない、と。少し伏せられた長い睫毛がドローレスの白い頬に影を落とすのを見て、ネルソンは憐憫を覚えた。


「大丈夫だよ。皆、その内怖がらなくなるから」

 ネルソンは、ドローレスの髪を撫でながら彼女を励ました。


「それどころか、あんな態度を取った事を恥じ入る日がすぐに来る。あなたがどれほど素晴らしい女性かなんて、一緒にいればすぐに分かるだろうから」

「……そうかしら」

 ドローレスは曖昧に頷いてみせただけだった。


「あら、あれを見てください!」

 重苦しい空気を察してか、ヒルダが遠くを指差して話題を変えた。


「厩舎がありますよ! 立派な馬が沢山!」


 ヒルダの言う通り、向こうの方に馬小屋が見えた。ネルソンは心が躍った。ネルソンは乗馬が好きだったのだ。


「ドローレスさん、落ち着いたら、あの中の一頭を貸してもらえないか聞いてみようか?」

 ネルソンがドローレスの肩に手を回しながら言った。


「遠乗り……は無理かもしれないけど、この大修道院の敷地をぐるっと一周するくらいなら、多分許可してもらえると思う。一緒に出掛けよう。……嫌かな?」

「……いいえ」

 恐る恐る尋ねると、ドローレスはくすりと笑った。


「本当に馬が好きなのね。……ネルソンさんは、いつものままね。良いわよ、行きましょう」


 ネルソンが本当に好きなのは、乗馬と言うよりも馬に乗ってドローレスと出掛ける事の方なのだが、彼女がわずかながらに元気を取り戻してくれた事に気を取られていたので、訂正しようとは思わなかった。幼馴染の機転に感謝するばかりである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 歴代聖女についての認識も大きく悪印象へ! いやたらい回しにされるよりちゃんと立派な居場所を用意するなんていい気遣いだと私は評価するけど、クレアが全てを台無しにしている…… さらにこんな曰く…
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