運命の人
ドローレスがネルソンと出会ったのは、十年ほど前の話だ。だが、当時のドローレスは、ネルソンを特別視してはいなかった。その時のドローレスにとっては、彼は大勢いた自分の婚約者候補の一人にすぎなかったからだ。
今でも気が強いとよく言われるドローレスだが、幼少の折はそれに加えて男勝りでもあり、婚約者候補の男の子たちと取っ組み合いの喧嘩をした事もある。しかも、それに勝って、相手を泣かせてしまう程だった。
ドローレスは、喧嘩に負けただけで泣くなんてだらしないと思ったが、相手の感じ方は違ったようだ。その子たちにとって一敗地に塗れたのはひどい辱めを受けたのと同等だったようで、ドローレスを恨むようになったのである。
その結果、喧嘩に参加しなかった他の男の子たちにドローレスの悪口を散々吹き込んで、彼らをドローレスから遠ざけてしまったのだ。
しかしそんな中、囁かれる悪評など全く気にせず、それまでと変わらない態度でドローレスに接してくれる子が一人だけいた。それがネルソンだったのだ。
彼はお転婆なところも素敵だと言って、決してドローレスの傍から離れて行かなかった。そして、いつの間にかドローレスの中で彼と一緒にいる事は当たり前となっていき、その後は、当然の流れのように彼と正式な婚約を結んだのである。
だから、ネルソンが宿に来てくれた時も、ドローレスは口では拒絶の言葉を吐きつつも、心の中では彼と一緒にいるのはもはや運命のようなものなのだろうと逆上せ上がってしまった。
だが、ドローレスの甘い陶酔もそこまでだった。彼は一人でドローレスを迎えに来た訳ではなく、ヒルダと一緒だったのだ。その事にドローレスはショックを受けた。二人だけの美しい再会のシーンに、水を差されたような気分になったのだ。
それに加えて、クレアまでやって来る。ドローレスは、彼女の事を考えると、体の奥の方から渦潮のように憎悪が湧いてくるのを感じざるをえなかった。
そして、まるで誰かに頭の中を掻き乱されるかのように、彼女を害する事しか考えられなくなるのだ。あの時もそうだった。
ドローレスは、自分の左手の甲側を見つめた。しなやかな指には、ネルソンがくれた指輪が嵌っている。
これをくれた時に、彼が何かとても大事な事を言おうとしていたのはドローレスにも分かっていた。
だが、その時のドローレスは、見えない者に耳元でクレアへの嫌悪を囁かれるかのように、目の前にいるネルソンではなく、かつての競争相手の事を自然と頭に浮かべてしまったのだ。
そして、クレアがどうもネルソンを自分から横取りするつもりらしいと気が付いて、その憎悪はますます高まった。




