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「……もう馬車に戻ろう」

 話題を変えたくて、ネルソンはヒルダに提案した。だが、ふとある事に気が付く。


「そういえば、謝るのを忘れていたな。……すまない。とっさの事とはいえ、君まで巻き込んで」


 当初の予定では、ヒルダはあの町でネルソンとドローレスが落ち合うのを見届けた後で、王都へと帰る事になっていた。しかし、慌てていたネルソンは、こうしてうっかり彼女も連れてきてしまったのだった。逃げるのに夢中で、他の事にまで考えが回らなかったのである。


 ネルソンがそう言うと、ヒルダは手首を揉みながら、「気にしないでください」と肩を竦めた。


「何と言いますか……思ったより大変な事になってしまいましたから、このままあなたを放って帰るなんてできませんわ。気になって、眠れなくなりそう」

 やれやれとヒルダは笑う。


「乗りかかった舟ですもの。こうなったら、ネルソンさんの行く末を最後まで見届けますわ」


 ヒルダは自分が余程心配なようだった。だがその心遣いは、クレアがヒーロー攻略のために吐く甘い言葉とは違う、真心の籠ったもののようにネルソンには感じられた。


 幼馴染の優しさに胸の内が少しずつ温まってくる。ヒルダは、ネルソンにとって心強い味方だった。


「ありがとう、ヒルダ」

 

 それと同時に何となく申し訳なくなって、ネルソンは「ごめん」と謝る。


「手首、痛むか?」

「えっ?」

 ヒルダは虚を衝かれたようだった。「何の事でしょう?」と尋ねてくる。


「ずっと、左手首を擦ってるから」

 ネルソンがそう指摘すると、反対側の手首を撫でるヒルダの右手の動きが止まった。


「さっき無理に掴んだ時に痛めたのかと思って」

 

 あの町で民衆から逃げる時だ。ネルソンはとっさにヒルダの手首を握って、その場から彼女を連れだした。


 しかし、ネルソンが手を放してからも、彼女は握られたところを擦ってばかりいたのだ。もしかしたら自分が怪我をさせてしまったのではないかと思ったのである。


「こ、これはわたくしの癖ですわ!」

 何故かヒルダは顔を赤くして、動揺したように言った。ネルソンがそこに触れようと手を伸ばすと、火傷でもしたかのように手を引っ込めてしまう。


「気になさらないで!」


 手首を擦るなんて癖、彼女にあっただろうかとネルソンは首を捻る。だが、ヒルダはさっさと踵を返して馬車に戻っていったので、それを尋ねる事は出来なかった。

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