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親愛を込めて

「どうしたの、ネルソンさん」


 ネルソンがぼんやりしているように見えたのか、ドローレスが怪訝そうな顔をする。ネルソンは美しい妻に向かって、「何でもないよ」と返した。


 夫婦を乗せた馬車がゆっくりと動き出す。車輪から振動が伝わってくる度に、ネルソンの胸は高鳴った。


 だが、出発して間もなく、馬車は急停止した。ネルソンがドローレスの前に腕を伸ばして彼女を庇う。外からは御者の怒鳴り声が聞こえてきた。


「危ないじゃないかっ!」


 どうやら、誰かが馬車の前に飛び出してきたようだった。ネルソンがドローレスに怪我がないか確認していると、御者に応える声が耳に入ってくる。


「申し訳ありません! ですがわたくし、急用があるのですわ!」


 聞き覚えのある声にネルソンははっとなって、馬車の外に飛び出した。外にいたのはヒルダだった。


 ヒルダは馬から降りるところだった。髪が乱れ、汗で肌がぐっしょりと濡れている。相当急いで馬を飛ばしてきたのだろうという事が分かった。ネルソンの付き合いでヒルダも遠乗りに出かける事がよくあったので、乗馬は彼女の得意とするところだった。


「えっ……ヒルダさん……?」


 ネルソンが目を丸くしていると、馬車から降りてきたドローレスが意外そうな声を上げる。ヒルダはドローレスの姿を認めると、片手を背中に隠して彼女に詰め寄ってきた。


 その表情がやけに険しく見える。何となく胸騒ぎのようなものを覚えて、ネルソンはとっさにドローレスを背後に庇おうとした。


 だが遅かった。ヒルダは後ろに回していた腕を、ドローレスに向けて勢いよく伸ばした。


「ご結婚、おめでとうございます」


 そこに握られていたのは小ぶりの花束だった。ヒルダは笑みを浮かべていた。全てを呑み込んだような、穏やかで曇りのない笑顔だった。


「幸せになってくださいね。わたくし、時々お二人のところへ遊びに行きますから」

「ええ、ありがとう」


 花束を受け取ったドローレスの頬が紅潮した。友愛を込めた手つきで薄紅色の花弁を撫でる。ふんわりとした甘い芳香が漂ってきた。


 ヒルダがネルソンの方を向いた。その優しい眼差しにネルソンも思わず笑顔になる。


「あなたの幸せな未来を、親友として心から願っていますわ」

「……ああ。ありがとう、ヒルダ」


 今のヒルダは、ネルソンがこれまで見てきたどんな彼女よりも、ずっと晴れやかな顔をしていた。


「君の未来にも幸せが来ると良いね」

「ええ」

 ヒルダは優雅に頷いてみせると、馬車の扉を手ずから開けた。


 友人に促されるままに、ネルソンとドローレスは馬車に乗り込んだ。それと同時に、車体が動きだす。二人は小窓を開けて、小さくなっていくヒルダに手を振った。

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