宿命を越えて
「いってらっしゃい」
馬車に乗り込む直前、修道女のソニアが声を掛けてきた。ドローレスは彼女に笑顔で手を振る。大修道院でのごたごたが解決して以来、二人は友人となったようだった。
にこにこしていたドローレスだったが、ふと周囲を見渡して少し残念そうな顔になった。
「ヒルダさん、結局来てくれなかったわね。実家での用事が終わらなかったのかしら?」
ネルソンがヒルダの事件への関与に言及した日以降、ヒルダは大修道院から姿を消していた。突然いなくなった事に不審がる者もいたようだが、この大修道院は元々出入りが自由なので、特に捜索などはされなかった。
あの日ヒルダから聞いた事をネルソンは誰にも話していなかった。もちろんドローレスにもだ。彼女には、ヒルダは実家で急用ができたので帰らなければならなくなったとだけ告げておいた。
ドローレスはヒルダについて複雑な感情を抱いていたようだったが、今ではそれも消え去ってしまったらしい。結婚式の招待状を出したのに彼女が出席してくれなかった事を、純粋に残念がっているようだった。
未だに行方が分からなくなっているのは、クレアも同じだ。
彼女の元ハーレムメンバーは、それぞれクレアと出会う前の場所に戻っていた事が分かり、彼らがクレアの逃亡に手を貸したのではないと判明はしたものの、依然としてアダルバートだけがどこへ行ったのか分からず仕舞いだ。
アダルバートと交流のあった修道者によると、彼は以前からクレアに対して思慕の念を抱いていたらしい。きっと彼がクレアを連れ去ったのだろうと誰もが思っていたが、肝心の捜索の方はちっとも成果が上がらず、もはや諦めの雰囲気が漂っていた。
ネルソンとしては、クレアがどこへ行ったのであれ、彼女なりの幸せを見つけられればそれで良いような気がしていた。
ネルソンだって、何も好き好んでクレアに『青嵐の鬼女』役を押し付けた訳ではないのだ。
確かにクレアがドローレスを傷つけた事は許し難かったが、それでもネルソンがクレアにイヤリングを渡したのは、彼女しか『青嵐の鬼女』役を全うできる者がいなかったからだ。
その結果惨事が引き起こされる事は想像がついたが、あれはあの時のネルソンにとっては、充分に『正しい選択』であったのだ。
ネルソンは鬼女役をクレアに代わってもらう事が目的だっただけで、彼女の不幸を望んだ訳ではなかった。クレアがアダルバートとどこかで幸せに暮らしていてくれれば、少しは自分がしてしまった事に対する罪悪感も薄まるというものだ。
ネルソンは、ふとヒルダが言っていた事を思い出した。彼女は、辺境の宿屋でネルソンが実はモブではなかったのではないかと偽った時に、「隠しキャラの話を風の噂で聞いた」と言っていた。
ネルソンは彼女のこの言葉を、自分に隠しキャラの存在を信じ込ませようとしてついた嘘だと思い込んでいた。だが、本当は隠しキャラは存在したのではないだろうか。
(もしかして彼が……?)
クレアと共に逃亡したであろうアダルバート。実は彼が最後の攻略対象だった。隠しキャラはイレギュラーな存在だ。全てのヒーローがクレアを見捨てた後でも、彼だけがクレアを恋い慕って、彼女の助けになりたいと願ったのだろうか。
たとえ、ゲームがエンディングを迎えていても、主人公が聖女ではなかったとしても、彼の気持ちは消え去らなかった。アダルバートの愛は、宿命を乗り越えたのかもしれない。




