ある恋の終わり
痛い程の沈黙が流れる。あまりに張り詰めた空気に、ヒルダはいつしかネルソンの方を直視できなくなっていた。
彼にとっての一番はドローレスだ。そんな彼女を傷つけようとした自分に、ネルソンは激しい怒りを向けるに決まっている。
ヒルダは最後まで彼の認識を変える事はできなかった。計画は失敗だ。惨めな敗北を迎えた自分に待っている道は、断罪のみである。
だが、ヒルダの予想はネルソンが発した一言によって裏切られた。
「ごめん……。何も気が付かなくて」
ネルソンは弱々しい声で謝罪してきた。ヒルダはとっさに顔を上げる。ネルソンはこちらを労わるようにも憐れむようにも見える表情をしていた。
彼の切なげに揺れる睫毛を見た途端に、胸を刺すような痛みがヒルダを襲った。ネルソンは怒ってなどいない。ただ、ひたすらに苦悩していたのだ。
「幼馴染だとか、友だちだとか言って、僕はずっと君を傷つけていたんだな。君がその言葉の陰でどんなに苦しんでいたのかなんて、考えた事もなかった。僕は……何も知らなかった……。あくまで君の『親友』のつもりだったから」
ネルソンが固まって動けないヒルダに近づいてきた。その大きい手がヒルダの肩を包み込む。そこから伝わってくる彼の体温にヒルダは息を呑んだ。
――君といると楽しいね、ヒルダ。
幼い頃、彼にそう言われた記憶が不意に蘇ってくる。
ネルソンの一番はいつだってドローレスだったとヒルダは思っていた。だが、本当にそうなのだろうか。
ネルソンはヒルダの犯した罪に薄々気が付きながらも、その事を今まで胸に秘めていた。それこそ、ドローレスにだって言うつもりはなかったのだろう。
それに、ネルソンはヒルダの罪が全て露見した今でさえも、ヒルダを罰したいとは考えていないようだった。
ネルソンは、それ程までに自分との友情に重きを置いてくれていたのだ。少なくとも、彼が何よりも守りたいと思っている恋人と同じくらいには、ヒルダは大切にされていたのではないだろうか。
凍てつき、強張っていた心が溶け出していく。彼が自分に向けている優しい感情は、決して恋着ではない。だが、その細やかな情は、いつだってヒルダの心を温め続けていたのだ。
(ああ……わたくし、それだけで充分幸せだったのですね……)
こうして彼の温かみを感じられるだけで充分幸福だったのに、いつからこうなってしまったのだろう。自分は実は毛嫌いしていた妹と同じように貪婪だったのだと気が付いて、クレアは笑ってしまった。笑いながら泣いていた。
ネルソンは部屋を出て行った。だが、ヒルダはその後を追おうとはしなかった。
自分の恋はもう終わったのだと――ここで終わらなければならないのだと、ヒルダにはよく分かっていたのだ。




