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聖女様の親衛隊

「素晴らしいでしょう? ネルソンさん」

 床に転がった店主を見ながら、クレアは陶酔したような口調で言う。


「私は、皆に祝福をもたらすんです。ほら……」

 クレアは宿屋の出入り口を開いた。


 外には、この町中から集まってきたのではないかという程、大勢の人がいた。彼らはクレアの姿が見えると、先程の店主のように一斉に跪き、「聖女様と御目文字叶うとは、何という幸運」「眩しさのあまり、目が潰れてしまいます……」等と囁くのだった。


 どうやら彼らは、クレアと出会えた事に無上の喜びを感じているらしい。しかしネルソンは、こんなに大勢の人がたった一人の一見何の変哲もない女性の前にひれ伏す光景に、どこか狂気的なものを感じずにはいられなかった。


 辺りには熱気が漂っていたが、それとは反対にネルソンの肌は粟立つ。追い打ちをかけるように、クレアがネルソンの腕に絡みついてきた。


「ねえ、ネルソンさん。私と一緒に、皆に愛と祝福を与えて回りませんか?」

 

 まるで蛇のようにねっとりとしたその腕の動きに、ネルソンは言いしれない恐怖を覚えて、クレアを振り払うのを躊躇ってしまった。そんなネルソンの耳元でクレアが囁く。


「あなたからの愛があれば、私の聖女としての力は、もっと強まるんです。それで、皆を幸せにしてあげましょう……?」

「何をしているのっ!?」


 ネルソンがクレアの言葉の意味するところを理解する前に、甲高い声が轟いた。ドローレスが二階へと続く階段から駆け下りてくるところだった。


「ネルソンさんから離れて! 彼に触らないでちょうだい!」


 ドローレスは無理やりクレアをネルソンから引き剥がそうとする。クレアが短い悲鳴を上げた。


 その声で、顔を地面に擦りつけていた外の人々が異変を察知した。彼らは目の前で起こっている事に目を剥く。


「あ、あれは鬼女だ! 青嵐の鬼女だ……!」

「大変だ! 鬼女が聖女様を襲っているぞ!」

「皆、聖女様を守れ!」


 皆の見解は一瞬で一致した。人々が気勢を上げてこちらに向かって来る。その目は、敬愛する聖女を傷つけようとする鬼女への憎しみで満ちていた。


 彼らに捕まったらどんな目に遭わされるか分かったものではない。青嵐の鬼女を害すれば呪われるという話を知らない訳ではないのだろうが、誰もがそんな呪いよりも、聖女を救う事しか考えていないようだった。


「ドローレスさん!」


 ネルソンはとっさにドローレスの手を引いて、彼女を自分の方に引き寄せた。そして、手を握ったまま店内を突っ切る。ポカンとするクレアを尻目に、後ろからは怒れる民衆が津波のように押し寄せてきていた。


「な、何事ですか?」


 廊下を走っていると、ただならぬ物音で異変を察知して、様子を見ようと部屋から出てきたらしいヒルダと鉢合わせた。立ち止まって事情を説明している暇がないと判断したネルソンは、空いている手でヒルダの左の手首を握りしめると、そのまま駆け出した。


「ネルソンさん!?」


 さしものヒルダも、これには驚いたようだ。声がいつもより高くなっていた。


「追われているんだ」

 ネルソンは短く返事した。


「このまま裏口から馬車乗り場まで行く。ドローレスさんを輸送する馬車が止まっているはずだから……」

 

 ネルソンの手を握るドローレスの力が強くなった。少し振り返って様子を伺うと、ドローレスは花弁のように形の良い唇を小さな歯で噛んでいた。


「大丈夫だ、ドローレスさん」

 怒り狂った民衆に捕まる事を恐れているのだろうと思い、ネルソンはドローレスを励ました。


「僕があなたを守る。心配しないでくれ」

「……ええ」

 

 ネルソンの言葉に、ドローレスは小さな声で返事しただけだった。

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