相応の罰を
ヒルダが喪失感に塞ぎ込んでいる間にも、年月は流れていった。そして、あの競争が開始される。あの愛を集める競争が。
ドローレスとの戦いをクレアは見事に制した。周囲の者は皆クレアを称賛した。やはり聖女はクレアだったのだ、クレアは何よりも尊い存在で間違いなかったのだ、と。
だが、ヒルダはそんな祝賀ムードに全く心を動かされる事はなかった。クレアは特別な人間だと証明されてしまった。劣等感に悩んでいたヒルダにとって、これは受け入れ難い出来事だった。
しかし、ドローレスが勝利していたところでヒルダの溜飲は下がらなかったに違いない。ヒルダにとっては、ドローレスは自分が心を寄せていた男性を横から奪い取った盗人みたいな存在だったのだ。
こんな事ならばいっそ、自分も他のモブたちのようにクレアを称賛するためだけの存在として『設定』されたかったとヒルダは心の底から思った。
自分がこんな風に余計な事を考えてしまうのは、『普通』でいる価値もない、本当の意味での『取るに足らない』存在だからなのだろうか。
それとも、この憎悪には別の意味があるのかもしれない。
例えば、クレアに『自分は特別である』という認識を与えるため。欲しいものが何も手に入らないヒルダと、周りからちやほやされるクレア。その対比に気が付けば、否が応でも自らの立場が分かるというものだ。
身近な存在である『双子の姉』は、聖女の特別性を際立たせるのに最適な犠牲だったのだろう。
そう考えた途端に、今までの何倍もの深い絶望をヒルダは味わった。その妄想がいかにも本当の事らしく思えて仕方がなかったのだ。しかし、今度のヒルダは泣き寝入りをしなかった。
鬼女認定されたドローレスをネルソンが追いかけようとしていた事をヒルダは知っていた。今手を伸ばさなければ、永遠に彼を失ってしまう。これは、今まで『設定』に振り回され続けた自分が足掻ける最後の機会なのだと直感した。
ヒルダは行動を起こす事に決めた。ついでに、その計画には憎たらしい妹を利用してやる事にした。今までクレアの影で散々な目に遭っていた事に対する、ちょっとした復讐の意味合いも込めようとしたのである。
こうして一計を案じたヒルダは、クレアに囁く。
――ネルソンさんは特別な人。あなたのハーレムのメンバーと同じ、選ばれた側の人間……。
つまりは、クレアにネルソンは実はヒーローの一人なのだと思い込ませたのだ。クレアは強欲で、人を疑う事を知らない娘だった。清らかな『青藍の聖女』を騙そうとする人なんている訳がないのだから当然だろう。クレアは躊躇う事なくネルソンを追いかけた。
ヒルダはこう考えたのである。ドローレスは突然恋人を寄越せと言い出したクレアを歓迎しないだろう。だが、聖女の力に憑りつかれたクレアはそう簡単には引き下がらないはずだ。
二人が熾烈な争いを繰り広げるのは目に見えている。彼女たちがお互いに潰し合えば良い。そうすれば、残ったネルソンに自分は悠々と近づく事が出来る……。
そこからのヒルダは高みの見物をしていた。少し口を挟んだ事と言えば、ドローレスに大修道院からの逃亡を唆したり、彼女の部屋に鳥の死体を入れたりした事くらいだ。
わざわざ鳥を捕まえてきてドローレスの部屋に入れたのは、ネルソンの予想通りの理由だ。ヒルダはドローレスの事を快く思っていなかったのである。
「わたくしの計画は概ね上手くいきましたわ。クレアとドローレスさんは、度々衝突した。そして最終的には……あなたがドローレスさんと仲違いをするというおまけまでついてきました」
しかもその原因は、ネルソンが自分を庇ったためだったのだ。ヒルダにとって、これ以上の喜びはなかった。
「ですが、わたくしの輝かしい時間もそこで終わりでした」
あの時――倉庫から出てきたネルソンとヒルダを見て、ドローレスが怒り狂って去っていったあの時、ヒルダは勝利の愉悦に震えていた。今ならネルソンを手中に収めるのは難しくないと確信した。
だが、ヒルダが行動を起こす前に、ネルソンは喪失のショックから立ち直ってしまった。他ならぬクレアの手によってだ。何という皮肉だろう。事態を引っ掻き回すために送り込んだ妹が最後に絞めたのは、ヒルダの首だったのだ。
ヒルダが最後に出来たのは、ただネルソンの作戦が失敗するように祈る事だけだった。
ヒルダは、口ではネルソンの言葉に同調しつつも、心の中ではそんな荒唐無稽な話が実現するはずがないと思おうした。だが、どこかで敗北の時が迫る予感に怯える自分がいるのにも気が付いていた。
そして、その最悪の未来は現実のものとなったのだ。
「あなたは最後までドローレスさんのものだった。それに加えて、わたくしのしていた事を見破った……」
ヒルダは背筋を正してネルソンを見遣った。
「ネルソンさん、わたくしをどうしますか?」
せめて最後くらいは誇り高くあろうと、ヒルダは精いっぱいの虚勢を張って顎を高く持ち上げた。
「あなたは、わたくしにどんな罰を与えるのですか?」




