特別な知識と特別な人
ヒルダはネルソンと一体どのようにして出会ったのか、よく覚えていなかった。親戚の貴族家が主催するコンサートだったような気もするし、新しく出来た劇場の落成式だったような気もする。だが、場所などどうでも良い事だった。
ネルソンは幼い頃から人目を引く容貌をしていた。少なくとも、彼を一目見た時からヒルダがその歓心を買いたいと思う程には魅力的な少年だった。
彼に興味を持ってもらいたくて、ヒルダは自分の持っているとっておきの知識を披露した。もちろん、この世界の真の姿についてである。こんなとんでもない秘密を掴んでいるなんて、何て凄い子なんだろうと思ってほしかったのだ。
「ですが、あなたも同じ事を知っていると分かって、わたくし、本当に驚きました」
ヒルダは苦笑した。意気揚々と驚異の事実を暴露したというのに、「知ってるよ?」とでも言いたげな目をされて、あの時は少し恥ずかしかった。
「わたくしにとって、あの知識は最後の砦。自尊心を守る唯一の手段でしたわ。そんな知識を他の人も持ち得ているという事には、少なからず衝撃を覚えました」
だが、ヒルダは驚きはしたものの、何故か彼に対して負の感情を覚える事は一切なかった。
「不思議なものですね。あなたという存在は、わたくしの特別性を損なうものではない――わたくしはそう判断したのです。いいえ、むしろ、わたくしは嬉しかった。あなたと知識を共有しているという事が、何よりの喜びに感じられたのです。あなたとの共通点になった事で、わたくしがその知識に見出していた価値は、以前と比べて格段に上がりました」
ヒルダはその価値をもっと高めたいと思った。そのために、この世界の理をさらに把握すべく、様々な手を使って調査を行った。
しかし、その調べによって発覚したのは、ある残酷な事実だったのだ。
「あの知識はモブキャラクター特有のものだった。モブ……それは、主要人物にとって背景と変わらない、いくらでも代えの効く存在。わたくしは、自分が真にクレアの影だったという事実を突きつけられました」
あの知識は知らない方が特別だったのだ。そんなものに対して、自分は何よりの価値を見出し、尊いものだと思い込んでいた。ヒルダはそうと知って、あまりの滑稽さに笑いたくなった。
しかし、ヒルダの身に降りかかった不幸は、それで終わりではなかった。
「ネルソンさん……私は、ずっとあなたに見てもらいたかった」
ヒルダはネルソンと出会ってから初めて口にする本当の気持ちを告白した。その瞬間にふっと体が軽くなったような気がしたが、結局はその想いの行き着く場所などどこにもないのだとヒルダにはよく分かっていた。
「わたくしがあなたの一挙一動に目を奪われるのと同様に、あなたもわたくしの行動に注意を払ってほしかった。わたくしがあなたの些細な言葉に心を掻き乱されるように、わたくしの声があなたの心の奥底にこびりついて離れなくなってほしかった……」
だが、それは叶わぬ願いだった。
「ネルソンさんがドローレスさんの婚約者候補に選ばれたと聞いた時は、わたくし、とても嫌な予感がしました」
虫の知らせとでも言うのだろうか。そして、その予感は当たった。ネルソンはドローレスと会って以来、ヒルダといる時も彼女の事ばかり話すようになってしまったのだ。
ネルソンはドローレスに恋をした。そして、ドローレスもまた、彼に恋情を抱くようになっていた。相思相愛の仲となった二人を見ていると、ヒルダはいつも胸が締め付けられ、苦しさのあまり息も出来なくなった。
「『特別な知識』と『特別な人』という拠り所を失い、わたくしは途方に暮れました」




