ヒルダの思い出
「七歳の時……わたくしとクレアは、母の誕生日にお菓子を作ってあげましたわ」
ヒルダは昔の事を語った。
「わたくしはプディングを、ヒルダは焼き菓子を作りましたの。わたくし、その日のために何日も前からこっそりと練習をしましたわ」
色々な料理の本を読んだり、使用人に話を聞いたりして、ヒルダは入念に準備を整えていた。一方のクレアは、特別に何かをするでもなく、いつも通りに過ごしていた。
そして来る母の誕生日。
「母はわたくしが作ったプディングには、全く興味を持ちませんでしたわ」
ヒルダは苦々しく吐き捨てた。
「それなのに、クレアが作った焼き菓子の方は褒めちぎっていました。ですが、わたくしは事前に焼き菓子の味見をしていたので、それがどんな出来なのか知っていました。クレアの作ったお菓子は、厚みが均等でないせいで硬い所と柔らかい所があって食感は最悪でしたし、材料の混ぜ方が悪くて味も均一ではありませんでした。はっきり言って不味かったんです」
それなのに母はクレアの作ったものを、「こんなに美味しいお菓子を食べるのは初めてだ」と言いながら、涙まで流してありがたがっていたのだ。
「わたくし、それがどうしても納得できませんでした。ですから母に言ったのです。『どうして本当は不味いのにそんな嘘をつくのですか?』と。そうしたら母は激怒しました」
クレアの善意が受け入れられないなんて、お前は何という醜い心を持っているんだ。そんな風に言われた事を、ヒルダは未だに覚えている。
「わたくしが作ったお菓子の方は、食べもせずに捨てられました。焼き菓子をたくさん食べたせいで、お腹が一杯になってしまったんですって」
自信作だったのに、とヒルダは零した。
「四歳の時、庭でわたくしとクレアが散歩をしていて、誤って二人とも池に落ちてしまった事がありました。でも、先に助けられたのはクレアの方でした。わたくしはそのせいで風邪をひいて、しばらく寝込みました。五歳の時、クレアがうっかり玄関に飾ってあったツボを割った際も、叱られたのはわたくしでした。わたくしがきちんと見ていなかったから、クレアが怪我をするところだった、と……」
こんな事は挙げていけばきりがない。ヒルダは自嘲の笑みを浮かべる。
「特別なあの子の陰に隠れて、わたくしはいつも誰にも見てもらえなかった。双子なのに、顔もそっくりなのに、ただ髪と目が藍色ではないというだけで、わたくしはクレアのおまけ……いいえ、その程度の存在としてですらも見られていなかったんです」
その事に気が付いた瞬間から、ヒルダはクレアを憎悪するようになっていた。
クレアを一番近くで見ていたヒルダには、よく分かっていたのだ。あの子は大した取り柄など何もないという事を。それなのに皆にもてはやされる。こんなのはあまりに理不尽だ。
それでも、ヒルダの怒りが爆発しなかったのには訳がある。
「わたくしが自尊心を保っていられたのは、ある知識があったからですわ。この世界が、『あいの聖女に祝福を』と名付けられたゲームであるという知識が」
これはどうやってもクレアに理解されない事柄だった。ヒルダが熱弁すればする程クレアは戸惑い、最終的には、「そんなの姉様の妄想です。頭が変になってしまったんですか?」と言われる始末だった。
しかし、そんな風に言われてもヒルダは怒りを覚えず、むしろ勝ち誇ったような気持ちになった。この世界の真実に気が付けないなんて、何て愚かな子だろうと陰で妹を嘲笑っていたのである。
そして、これはきっと神聖な秘密の知識だから、誰にも言わずに自分の胸の中にだけ収めておこうと誓った。それこそ、クレア以外には両親にすら話していなかったのだ。
「この世界の真実を知っているという点で、わたくしは自分の事を他の誰よりも特別だと思い込んでいたんですわ」
そんな折、ヒルダはある少年と出会った。それこそがネルソンである。




