嘘と本当
全てを話す。そう言った瞬間から、ヒルダは自分の心の奥底に淀んで泥のように沈殿していたものが消え去っていくのを感じていた。
(ああ……もっと早くこうすれば良かったのかもしれませんわ……)
ヒルダは心の中でため息をついた。
本当は誰かに知ってほしかったのだろうか。だが、その相手がよりにもよって ネルソンになってしまうなんて皮肉なものだった。
「ネルソンさん、わたくし、確かに嘘をつきましたわ」
ヒルダはネルソンの顔をじっと見つめた。ネルソンはその視線を黙って受け止めてくれている。
ヒルダはドキリとした。彼は本当に整った容姿をしている。こんな時なのに、ヒルダは胸が高鳴るのを感じていた。
ヒルダはいつだってネルソンに見つめられたいと思っていた。それも、ただ見られるだけではない。彼の視線を独占し、注目されたかったのだ。それなのに、今がその時であるという事にやりきれないような気持ちになる。
ヒルダは左手首をそっと撫でた。辺境の宿屋にいた時に民衆から逃げるため、彼が触れてくれたところだ。
あんな風にネルソンから手を握られたのは、幼い頃に一緒に遊んだ時以来だったように思う。久方ぶりのネルソンの手は大きくて頼もしくて、その感触を思い出す度、ヒルダの胸は熱くなり、顔から火が出そうになるのだ。
だがネルソンは、ヒルダがそんな風に感じているなんて事、知らないに違いなかった。
「それでも、申し上げた事の全てが嘘ではありません。例えば、わたくしがクレアを唆して、ただのモブキャラのあなたを攻略させるように仕向けた事……これは本当ですわ」
ネルソンは身じろぎもせずにヒルダの言葉を聞いていた。ヒルダはそんなネルソンに微笑みかける。
「ネルソンさん。前にも言いましたよね? クレアは何も特別ではない。あの子は普通の子なのだと」
ヒルダは少し眉を曇らせて、「ですが、わたくしの周りの方は、誰もそうは思っていませんでした」と続けた。
「誰もが、あの子が聖女であると信じていました。クレアは最高。クレアは特別。そんな素晴らしい子の傍にいられるなんて、自分は何と幸福なんだろう……」
「君は皆の目を覚まさせたかったのか?」
ネルソンが尋ねてきた。
「つまり……僕の攻略に失敗するクレアを見れば、皆がクレアの特別性を疑うようになると感じていた……?」
「……なるほど、そういう言い訳も残されていましたのね」
ヒルダはそこまで考えが回らなかった事を少し後悔した。だが、たとえ退路が残されていたとしても、もうそこに入っていく事はしたくない。何もかも話してしまおうと決めたのだから、腹を括らねばならないのだ。
「ネルソンさん、周囲は皆、あの子の事を愛しましたわ。でも……たった一人だけ、彼女が好きになれない人がいた。……誰だかお分りかしら?」
「誰って言われても……」
ネルソンはしばし困惑したように視線を彷徨わせた。だが、やがて何かに気が付いたように目を見開いた。
「君か、ヒルダ」
「ええ」
ヒルダは頷いた。前に自分が妹を快く思っていないと匂わせた事を、ネルソンは覚えていてくれたのだろう。彼の心のどこかに自分の言葉が残っていた。そう思うと嬉しくなった。




