陰に潜む
「でも今は聖女が不在なんですよね」
ドローレスが聖女の役割を拒否した事をヒルダは知っているようだった。
「そんな事で大丈夫なのでしょうか?」
「多分ね」
ネルソンは肩を竦めた。
このゲーム、『あいの聖女に祝福を』の世界には、まだ謎が多い。ネルソンは青藍の聖女と青嵐の鬼女がどちらもいるのが設定上、一番正しい在り方だと思ったのだが、どうやらそうではなく、聖女はいなくても良いらしかった。
だとするならば、鬼女だって本当は存在しなくても構わないのかもしれない。いつか誰かがその事に気が付いて、クレアを鬼女としての役割から解放してあげる事もあるのだろうか。
このゲームに生きる人々にとって、あのイヤリングはどこか絶対性をもった存在だ。それを外してしまおうだなんて余程の事がない限り考えもしないのだろうが、現に切羽詰まった自分はそれをやってのけたのである。
となれば、クレアの身を本気で案じる者が彼女をどうやっても救いたいと願い、それを実行するのはありえない事ではないのだろう。
だが、それはネルソンの役目ではない。ネルソンが今、幸せにしてやりたいと願うのは別の女性なのだから。ネルソンは自分の指をじっと見つめる。そこにはまっているのは、ネルソンがドローレスに送ったのと揃いの指輪だった。
「ご結婚、おめでとうございますわ」
ネルソンの視線に気が付いて、ヒルダが祝いの言葉を投げかけてくる。
ネルソンとドローレスが結婚する事に、誰一人として反対する者はいなかった。それどころか、もうこの大修道院の誰も、ドローレスに必要以上の興味を抱かなくなっていた。
無視をしているのではなく、鬼女でも聖女でもない、一般の人間と変わらなくなったドローレスにはそこまで関心を払う価値がないと思っているのだろう。
「ありがとう」
祝ってくれるヒルダに対して、ネルソンは微笑んだ。幼馴染の顔をじっと見つめる。
今のヒルダは笑っていた。だが、彼女と長い付き合いであるネルソンには、その微笑みの奥に何か隠された感情が存在するような気がして仕方がなかった。
それとも、ネルソンは彼女に対してある先入観を持っているから、そんな風に見えてしまうのだろうか。
「なあ、ヒルダ」
ネルソンは、ずっと言うべきか迷っていた事を口にする事に決めた。せっかく何もかもが解決した今だからこそ、この疑惑にも決着をつけた方が良いような気がしていたのだ。
「そろそろ、本当の事を話してくれてもいいんじゃないか?」
「本当の事?」
ヒルダはきょとんとした。だが、彼女の膝の上に置かれた手がぴくりと動くのをネルソンは見逃さなかった。
「今までの事……仕組んでいたのは、君だったんじゃないのか?」




