交換された役割
「受け取ってくれ。これであなたは救われるから」
「だ、だめよ!」
ドローレスは本能的に拒絶の言葉を口にしていた。
「それって良くない事よ! 鬼女が持つべきものじゃないわ!」
これを受け取ってしまえば恐ろしい事になる。何だか、この世界の理そのものに抵触してしまうような気がするのだ。そんな事はあってはならないとドローレスには感じられた。
もっともドローレスには、どうしてこのイヤリングがそんな魔法みたいな力を持っているのかまでは理解できなかったのだが。
「もう遅いよ」
だが、ネルソンは達観したような表情をしていた。手のひらの上でころんと青のイヤリングを転がすと、ドローレスの左耳を指で示す。
「それに、あなたはもう鬼女じゃない」
ドローレスは訳が分からないまま、ネルソンが指差す場所に触れた。その瞬間、心臓が止まりそうになる。左耳からイヤリングがなくなっていた。
「どう……して……?」
眩暈がするような感覚だった。自分が失われていくような、不安定で恐ろしい心地。固い床が急にケーキのスポンジのように柔らかくなって、そこに埋まってしまいそうな錯覚さえ覚える。
「僕が取った。ドローレスさんとクレアから」
ドローレスの質問に、ネルソンはいともあっさりと答えてみせた。
「それに今、あの鬼女のイヤリングは、クレアのものになっている」
「クレアの……?」
ドローレスはポカンとした。彼が何を言っているのかよく分からない。
「ドローレスさん。まず初めに誤解を解いておきたい」
ネルソンは真剣な口調で切り出した。
「僕はクレアを愛してしまったから彼女に会いに行った訳じゃない。クレアに心を奪われた振りをして隙を作って……聖女のイヤリングをクレアから取りたかったんだ」
「隙を……?」
ネルソンはクレアの魔性の前に屈した訳ではなかったと知って、ドローレスはこんな状況にもかかわらず安堵してしまった。
「そして、代わりに鬼女のイヤリングをクレアにつけた。クレアのところへ行く前、あなたに会いに行っただろう? その時に、あなたのイヤリングを取らせてもらったんだよ」
ドローレスは、ネルソンが自分に触れてきた時の事を思い出していた。ドローレスはまったく気が付かなかったものの、どうやらあの時、イヤリングを取られていたらしい。
どうして何も言ってくれなかったのかと思ったが、あの時のドローレスは気が立っていたので、とてもそんな話を切り出すどころではなかったのだろう。
イヤリングを取られたのが分からなかったのだって、ネルソンを拒絶する事で頭がいっぱいで、他に気を回す余裕が残っていなかったからだったのかもしない。
「エンディング後の世界では、鬼女と聖女がいるのが当たり前だからね。流石にそこまでこの世界の在り方を壊してしまう気にはなれなかったから……。だから、クレアに鬼女『役』を変わってもらったんだ」
「何の話……?」
ドローレスは呆けたまま尋ねた。
たまに、ネルソンは訳の分からない事を言う。ゲームがどうとか、モブがどうとか、そんな事だ。きっと、ネルソンは特殊な世界観を持っているのだろうとドローレスは思っていた。
だが、ネルソンはドローレスに自分の物の見方を強要してきた事は一度もない。ドローレスが彼の話について行けなくなると、いつも「何でもないよ」と返してくるのだ。今回もそうだった。
「気にしないでくれ」
ネルソンは大きな手を軽く振って、この話は終わりだと告げた。




