あいの鬼女に祝福を
「だ、だったら何だって言うんですか!」
アダルバートは硬い手のひらでクレアの細い指先を握りしめた。その熱い体温に、クレアははっとなる。
「そんな事はどうでも良い! 俺にとっては、あなたがいればそれで……。あなたの特別な愛が得られれば、それで充分なんです……」
アダルバートは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「俺は聖女としてのあなたに愛されたかった訳ではありません。あなた個人に……『クレア様』に愛されたかったんです」
「それは……私のハーレムに入りたかったという事ですか?」
「あなたを見捨てたあんな男たちなんか!」
アダルバートは絶叫した。
「クレア様……今なら確信を持って言えます。俺の愛は、あんな男たちがあなたに向けていた紛い物の愛情なんかより、ずっと深いんです! 俺はあなたを見捨てたりしません! 最期の瞬間まで、あなたを愛し抜くと決めています!」
男の真摯な告白を聞いて、クレアの胸の中に憐みとも愛おしさともつかない感情が流れ込んできた。
(ああ……きっとネルソンさんも、こんな気持ちだったんですね)
クレアは、ずっとネルソンの考えている事が分からなかった。どうして不幸になると分かっているのに、青嵐の鬼女のもとを離れたがらないのだろう。聖女である自分を愛するようになれば、最高の幸福が得られるのに、と。
だが、きっと彼はそんな事はどうでもよかったのだろう。彼はただ、ドローレスの傍にいたかったのだ。それが彼にとっての一番の幸せだったから。ちょうど、このアダルバートがどこまでもクレアを慕っているのと同じように。
(今、この人を幸せにしてあげられるのは、私だけなんでしょうね……)
アダルバートの強い愛は、クレアに――クレアだけに向けられたものなのだ。同時に彼は、クレアからの特別な愛を欲してもいる。仮に他の誰かがアダルバートを愛したとしても、それは彼の心を慰める事には繋がらないのだろう。
聖女でなくとも誰かを幸せに出来る。その事が、今のクレアにとってはたまらなく嬉しかった。
否、きっと聖女のままでは、上辺だけの幸せを与えることは出来ても、この人を真に幸福にしてやる事など出来なかったのだ。
聖女は汚せぬほど清らかで、自分は誰よりも醜い。アダルバートはそう信じ込んでいた。だからこそ、今まで自分の心の奥底に秘めた思いを打ち明けられなかったのである。
それがこんな風に意を決して何もかも話してくれたのは、クレアが本当は聖女などではなかったと判明したからだ。彼は、クレアが自分と近しいところまで『堕ちた』と感じたのだろう。
聖女として他の人を幸せにして回る役目は、本当の聖女であったドローレスが引き受けてくれるだろう。だが、聖女ではこのアダルバートを幸せに出来ない。彼に祝福を与えてやれるのは、今の自分だけだ。
無垢な生き物を殺し、我知らず人に呪いをかけてしまったアダルバート。神に仕える身であるにもかかわらず、彼は大罪を犯してしまったのだ。だが彼は、クレアの姿を目に焼き付け、その笑顔が見たいと願うあまり、己の罪を隠匿する覚悟を決めた。
全てはクレアを想うがゆえの事だった。そのあまりに熱烈な執着に、クレアは心を揺さぶられた。彼は自分によって狂わされたのだ。人はそれを鬼女の『呪い』と呼ぶのだろうか。だがクレアは、彼の想いに『愛』と名付け、それを受け入れると決めた。
「行きましょうか、アダルバートさん」
クレアは迷う事なく、憐れで愛おしい男の手を取った。
「私たちだけの場所が、きっとどこかにあるはずです」
自分たちが本当にいるべき場所。クレアがこの純真な男を最上の幸福へと導ける、そんな所。アダルバートは「どこへなりとも……」と言って、恍惚として頷いた。
手を取り合ったまま、二人は歩いて行った。辿り着くのは、桃源郷か、地獄の果てか。その後の二人の行方も、その姿を見た者も、誰一人としていないという。




