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あなたのもの

「あの女、どういうつもりかしら?」

 ドローレスは唇を噛んだ。


「ネルソンさんが心配だから来たですって? そんな……そんなの……」

「馬鹿にしないでほしいよね、本当に」

 ネルソンは、体を強張らせるドローレスの肩をそっと抱き寄せた。


「ドローレスさんと一緒なら、僕はそれでいいのに。余計なお世話だよ」

「ネルソンさん……」

 ドローレスの藍色の瞳が潤んだ。


「ネルソンさん、実は私、まだ少し不安だったの」

 ドローレスはぽつりと漏らした。


「私について来るっていう事は、何もかも捨てるっていうのと同じだもの。だからクレアが現れた時、私、怖くなってしまったの。もしかしたらネルソンさんの目が覚めてしまって、私と一緒にいるのが嫌になってしまうんじゃないかって。クレアといる方が幸せになれるって気が付いてしまうんじゃないかって……」


「目なんか、とっくに覚めてるよ」

 ネルソンはドローレスの頬に優しくキスした。


「寝ぼけていたら、こんな所まで来られないだろう?」

「ああっ、ネルソンさん!」

 感極まったように、ドローレスがネルソンの唇に吸い付いてきた。


 その熱烈な口付けを堪能しながら、ネルソンは、やはりドローレスを選んで正解だったと思った。


 それに、元々ネルソンは大したものを持っている訳ではなかったのだ。家は一応貴族ではあるものの、そこまで位は高くないし、上にも下にも沢山のきょうだいがいて、自分一人いなくなったところで何の支障もなかった。


 ネルソンが自分について唯一自慢できる点と言えば、婚約者がドローレスであるという事ぐらいのものだった。この美しい人がいつか自分の妻になってくれると考えるだけで、天にも昇る心地になる。

 

 だから、父がドローレスとの婚約を一方的に解消してしまったと聞いた時には、ネルソンは激怒した。そして父と大喧嘩した挙句、「そんなにあの鬼女について行きたいのなら好きにしろ!」と怒鳴られ、勘当同然で家を追い出されたのだ。


 だが、そうなってもネルソンは全く後悔していなかった。むしろ、初めから出奔する事も覚悟の上だったのだ。ああなったのは、必然の結果と言えよう。


「ネルソンさん……渡さないわ……」

 ネルソンの首筋にうっとりと顔をうずめながら、ドローレスが睦言のように呟く。


「あなたは私のものだもの。クレアがどんな手を使ってあなたを奪いに来ても、絶対に渡さないんだから」

「もちろん、僕はドローレスさんのものだ」


 ドローレスも自分を手放したくないと考えている。この事実だけで、ネルソンにとっては十分だった。


 ヒーローの一人である自分の攻略にクレアが失敗してバッドエンドを迎えたら、この世界はどうなるのだろうなどという不安は、腕の中のドローレスの体温を感じている内にどうでもよくなってしまった。そう思わせてしまうくらいの魅力をドローレスは持っているのだ。


 誰よりも愛おしい恋人。たとえ行き着く先が世界の破滅でも、愛があればそんな宿命にだって抗えてしまうかもしれないとさえ思えてくる。


 それに、もしかしたら訪れるのは悲惨な終焉ではなくて、もっと意外な結末かもしれないのだ。


 来るかどうかも分からない悲劇を回避するためだけに、クレアに攻略なんかされる訳にはいかない。自分が結ばれる相手は、ドローレスただ一人だけなのだから。


 結局、ネルソンの気持ちは、この宿屋に来る前と後とで何ら変わる事はなかったのだった。

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