リレー小説企画3
リレー小説企画第3話を担当させて頂きました、
D.Sと申します!青春と桜の交わる、美しい企画
ですので、是非第1話から読んでみて下さい!
では、お楽しみ下さいませ。
始業式の朝に出会った女子、櫻井優美と午後のひと時を過ごした後、帰り道の途中で別れ、気が付くと自宅に辿り着いていた。彼女と僕が一体、いつ、どこで知り合っていたのか、長く深く考えていて無意識に歩いていたようだ。
『思い出してくれるまで秘密』
そんな一言が、僕には難易度の高過ぎる課題にしか受け取れなくなってしまう。認識も、自覚も未だ出来ていないのに、胸中に湧き上がる正体不明の罪悪感が、頭脳に精神に負荷を掛けていく。今日彼女と共に過ごした中にも、良い手掛かりは無かった。櫻井優美と名乗る少女が残した過去は事実なのか。取り敢えず今日は休む事にしよう。明日こそ、新たな手掛かりが見つかるかもしれないのだから。
いつの間にか、それもまた無意識の中で、彼女の事を思い出したい使命感が生まれていた。
次の日、学校に行くと、件の少女――櫻井優美だけが来ていた。何をしているかと思えば、チョークの粉が薄く付いている黒板を消していた。後ろ姿ではあったが、真剣に黙々とその作業を進めている姿勢が、彼女自身の性格を映している様だった。
「おはよう、清春」
普通の声量なのに、静まっている教室の中で発された彼女の声は、壁に反響するように、鮮明に聞こえた。
「……あ、おはよう、えぇと……」
「名前で呼んで! ……清春には呼んで欲しいから」
「……分かったよ、優美」
彼女の事を名前で呼んだ途端、何か脳裏に懐かしい感覚が過ぎった。自分でも殆ど気付かない程だったけれど。優美は、彼女の名前を呼ぶと笑顔になった。
「どうしたの? ぼーっとして。」
「いや、何でもない。それより、その……」
「ん?」
僕は思わず、次の言葉を詰まらせる。一瞬の迷いだった。が、すぐに決心出来た。
「手伝おうか、黒板消すの」
「……良いの? ありがとう!」
優美は、僕の予想を超えるテンションで、手伝いの提案を喜んでみせた。少し、報われた気がした。
そうして、二人で黒板を綺麗に消していった。いつも力が入り過ぎて黒板消しが止まってしまっていたが、今日は何故か程良い力加減で出来た。
一通り消し終わって、後はクリーナーで粉を取るだけだ。これ位の作業は僕一人でやってしまえるだろう。
「じゃあ、クリーナー掛けておくよ」
「え、私がやるよ?」
「これ位は大丈夫だよ。任せて」
「ありがとう!」
そうして黒板を消すのを無事終えた。すると優美が突然窓際に移動して、こちらに手招きした。誘われて来てみると、開かれた窓の奥に、桜が咲き乱れる光景が広がっていた。それは僕の目にも綺麗に見えた。
「綺麗だよね、桜」
「……うん。確かに綺麗だね」
薄桃色に染まった景色を見ていると、今隣に居る少女が、櫻井優美が僕を知っている秘密の過去と言う負荷が軽くなる気がする。木々に付く花弁の一つ一つが、風に乗って舞い、土にゆらりと着地する工程に、それが何重にも展開され、窓枠を“額縁”と見立てられる位に絵になる、この小さな世界に、きっと魅了されていたのだろう。
「また、清春と桜見れて、良かった」
柔らかに、この暖かな風に流れるように紡がれた言葉が、耳を撫でる。そして、今の言葉を頭に入れて、ゆっくりと考える。やっとの事で、驚く。
「またって……?」
「……何でもなーい。桜に見とれて、つい、ね」
どう考えても、何でもない訳が無い発言だった。窓枠から少し離れて、優美を見て、予感が浮かぶ。
「……もしかして、僕と優美は過去に……?」
独り言も同然なボリュームで、生まれた疑問を口にした。桜を見ていた優美が、振り返った。
「秘密は、秘密だよ。清春と、私の」
笑顔でそう言った優美が、舞う桜の背景に映えて、綺麗に見えた。にこやかに微笑む彼女を見て、絶対に思い出すのだと、僕は心の中で、決意した。
自宅に帰って、まずメモ帳を開く。優美についての手掛かりを記した物だ。少しずつ集めれば、何か思い出せるかもしれない。僕は新たな行に文字を付け足した。きっと重要な手掛かりになる気がする。
『恐らく、過去に二人で桜を見た』
推測ではあるが、優美の発言からして、こう考えられるのは自然だ。彼女の発言が事実ならば、可能性は大いに高い。しかし、問題はその過去が、僕自身の記憶に無い事だ。本当にそんな思い出が在るのならば、思い出したい。一方的に僕が忘れているならば、すぐに思い出して謝りたい。思い出話を一緒にしたい。それが何歳の時に、こんな場所で、どんなに綺麗だったのか。語り合ってみたい。今はそう思える。優美との記憶を見つけたいと、そう思う。
これまでの手掛かりを並べると、薄らと見えてくるものが有る。きっと僕と優美は過去に知り合い、長い年月の間彼女と会えなくなり、時が経つに連れて僕は彼女を忘れてしまったと言う予想だ。何か、鮮明に記憶に残るような、所謂“切っ掛け”が有れば、思い出せるかもしれない。何か切っ掛けが無いか、明日からまた探してみよう。
明日の学校に向けて、道具の準備をしていると、鞄を漁る拍子に定期ケースに手が触れた。中を開いて、加工された写真を取り出す。昨日撮ったプリクラの写真だ。僕が笑いかけの変な顔なのに対し、優美は笑顔。眩しくも見える、明るい明るい笑顔だ。僕は暫く写真を眺め、そしてまたケースに仕舞った。
「また、あの笑顔を見たいな」
布団に入ってから、そう呟いた。そしてゆっくりと意識が遠のいていった。