勇者召喚の儀
「おぉ、勇者様方、どうかこの世界をお救いください!」
目を覚ますと白髪まみれの王冠を被った王様っぽいおっさんがなんか叫んでいた。
は? いや全く意味わからんのだけど? ここどこよ?
王様っぽいおっさんは玉座っぽいところに鎮座しており、高いところから俺を見下ろしている。いや、よく見ると俺だけじゃない。
「う、うぅぅん⋯⋯⋯」
「ここは一体⋯⋯⋯」
「な、何が起こったの!?」
「⋯⋯⋯」
俺のほかにも四人いた。
辺りを見渡すと俺を合わせた五人を囲むように鎧を着た騎士っぽい奴らが整列している。それだけでもなんだか威圧感があって少しビビってしまう。
なんだ、これ? ほんとにどうなってんだ? 俺、確かさっきまで⋯⋯⋯⋯いてっ!
記憶を呼び起こそうと考え込んだ際、ガツンと何かに頭を殴られたような頭痛を覚える。
そしてそれと同時に自分が先ほどまで何をしていたのかを少しずつ思い出していった。
「突然の召喚でどうやら混乱しておるご様子ですな、勇者様方」
「ゆ、勇者? もしかして俺たちのことを言っているのか?」
「どういうこと? ここはどこなのよ? 家に帰しなさいよ!」
俺と同じように全身鎧の騎士に囲まれている奴らが疑問の声を上げる。王様っぽいおっさんはその疑問にうんうんと神妙に頷いてから、子供を諭すように丁寧に説明をしていた。
王様っぽいおっさんーー本物の王様らしいーーが説明したことをざっくりとまとめてみると、
曰く、ここは俺たちが住んでいた世界とは全く違う世界。
世界を滅ぼさんとする魔王に対抗するために、神の力を授かりし勇者を召喚し、俺たち五人が呼ばれたそうだ。そして驚いたことにこの世界には『ステータス』が存在するらしく、ステータスと口にすれば自分のステータスが見られ、勇者である俺たちはそれぞれ『何の勇者』なのか称号を見て分かるそうだ。
「ステータス! おっ、なんか出た! 俺は『力の勇者』って書いてあるぞ!」
「私は⋯⋯⋯『刀の勇者』?」
「僕は『癒の勇者』だって」
「⋯⋯⋯⋯『銃の勇者』」
召喚された勇者たちは各々自分のステータスを確認して自分が『何の勇者』であるか確認したらしい。王様はそれを満足そうに聞いて頷いて先ほどから何も喋っていない俺に視線を向ける。
「ほうほう成る程、勇者様方はみな素晴らしい加護をお持ちのようだ。⋯⋯⋯して、そちらの勇者様は一体『何の勇者』様なのですかな?」
「!? お、俺か!? 俺は⋯⋯⋯!」
話を振られて大げさすぎるほどにテンパる俺。
いやだってしょうがねぇじゃん! あんなことを思い出して、このステータスを見ちゃったらさぁ!
「お、俺は⋯⋯⋯⋯、俺は、その⋯⋯⋯」
俺が思い出したこと。
それは俺がこの異世界に召喚される寸前の出来事だった。
子供を助けるためにトラックに跳ねられて死んでしまった俺は、気づいたら目の前にすげぇ美人なお姉さんがいてとても驚いた。
うおっ! 眩しいっ! 美しすぎてなんか後光がさして見えるっ!
「君は、安曇伊織君だね? 私は『守護の女神 エイリャ』だ」
「えっ、か、神様!? マジっすか!?」
今まで見たこともないくらいめっちゃ美人なお姉さんだから、女神様だっていうのも納得できる気がする。
いや、正直このお姉さんが嘘をついてようが本当のことを言っていようがどっちでもいい。こんな美人のお姉さんになら、騙されたってむしろ本望だ。
腰まで伸びた綺麗な黒髪、スッと通った鼻筋に宝石よりも美しいのではと思わせる碧眼。芸術のように整った顔立ちをしており口元はうっすらと笑みを浮かべている。
胸は大きすぎず小さすぎず、キュッとしまった腰とスラっと長い脚との対比、バランスが完璧で拝みたくなるほどの美しさだ。
何よりあのおみ足! めちゃくちゃ長いのに程よい肉付きで抱き着きたくなる。いや、むしろ頬ずり? いややっぱり膝枕してもらいたい。膝枕!
「⋯⋯⋯因みに、神である私には君の心の声も聞こえているからね? 色々と正直で、君みたいなのは嫌いじゃないよ?」
「あ、ありがとうございます!」
美人のお姉さんに考えてることまで見透かされて、隠し事もできないほどこのお姉さんにイロイロ知られてしまっている事実に、ちょっと興奮してしまう俺はかなり業が深い。
お姉さんーーいや女神様も心なしか呆れたような目を向けている。
「え、えっと、女神様! それでどうして俺はこんなところにいるんですか? 確かさっき死んじゃったと思うんですが?」
そう、俺はついさっきトラックに轢かれて『ぐしゃりんこ』してしまったのだ。
あの惨状で生きているとは思えない。
「あぁ、そうだ。君は死んでしまった。だがそれと同時に、こことは違う世界にて『勇者召喚の儀』が執り行われたのだ」
「ゆ、勇者召喚⋯⋯⋯? もしかしてそれに俺が選ばれた、とか⋯⋯?」
「察しがいいね。その通りだよ。君はこの後、異世界に行くことになる」
「お、おぉおおおおお!! マジか!! スゲェ! 異世界転生キタ!!」
仕事とオタクとを兼任していた俺は勿論、異世界ものの作品も多数知っている。
トラックに轢かれて異世界行くのもテンプレだよなぁ〜。そんで異世界に赤ん坊として転生して、神様からチート貰って冒険とかして⋯⋯⋯!
異世界というワードで大興奮してしまい、超はしゃぐ俺。そんな俺に女神様はきょとんとした様子で俺の言葉を訂正する。
「うん? 『転生』ではないよ? 今回は『召喚』。君の体がそのまま異世界に持っていかれることになる」
「え、あ、そうなんですか? まぁどっちでも異世界行けるわけだし、やっぱスゲ⋯⋯⋯⋯え? 召喚?」
「そう、召喚」
女神様の言葉で固まってしまう俺。
え、いやちょっと待って、体そのまんま異世界に持っていくってことは⋯⋯⋯!
「俺の体、ぐっちゃぐちゃなんですけど!! 大丈夫なんすか!?」
「いや大丈夫じゃないよ? ぐっちゃぐちゃのまま召喚されるよ?」
「いやぁああああああああああああ!!!!」
あんまりにもあんまりな現実に俺は絶叫してしまう。
いや異世界って言ったら普通チートとか成り上がりとか色々あんじゃん? でも開幕デットエンドとか聞いたことねぇわ!!
そういえば女神様は『勇者召喚』と言っていた。言っていたけども⋯⋯⋯!
「このままだと『勇者召喚』がただの『肉塊召喚』になっちゃいますよ!! 女神様! 何とか出来ないんですか!?」
「いやまぁ出来るけど」
「出来んのかよ!!」
思わず女神様にツッコんでしまった。
いや出来んのかよ! ビビらせるなよマジで!
「いやうん、ごめん。君の反応が面白いからさ」
そう言って女神様がクスクスと笑う。
美の象徴と言っても過言ではないほど美しい女神様がこらえきれないといった風に笑う様子はそれはもう美しく、いや、美しかった。
⋯⋯⋯フッ。まったく、そんな笑顔見せられちゃあ、怒るもんも怒らなくなっちまうぜ。
「何というか君は本当に単純だね。見ていてとても面白い」
「女神様に喜んでいただけて光栄です!」
こんな美人さんに自分が面白いと言われて喜ばない男がいるだろうか? いやいないね! 少なくとも俺は超嬉しいね! こんな気さくな超美人のお姉さんが、俺の行動で笑顔を向けてくれたのだ。
や、ヤバい⋯⋯⋯! 惚れるっ、これは惚れるって⋯⋯⋯!
「まぁそれは今は置いておこう。君をここに呼んだのは、このままだと君の言う通り『勇者召喚』が『肉塊召喚』になってしまうからだ」
「でも女神様が何とかしてくれるんですよね?」
「まぁね。でもその前にこれから行く世界について少し説明しておこうか」
おお! それは気になる! どんな世界なのかなぁ? エルフとかいるのかなぁ? 獣人とか、ドワーフとかもいたりして⋯⋯⋯!
「君がこれから向かう世界の名前は『ゼルグラウド』。今、ゼルグラウドには魔王が存在していて、世界を滅ぼさんとしている」
おお! やっぱりいるのか、魔王! まぁここはテンプレだよなぁ。
「因みに君が想像していた、エルフや獣人、ドワーフも存在するよ」
ま、マジか! よっしゃあ! 期待が膨らむぜ!
「⋯⋯⋯まぁ、今では人間以外は魔王に滅ぼされて殆ど絶滅してしまっているけど」
「いや絶滅しちゃってんの!? 人間しか残ってないって、魔王世界征服一歩手前じゃん!!」
魔王ヤバすぎだろっ! そんな世界に今から行くの? 無理ゲーじゃね?
「それほどの危機たからこその『勇者召喚』でもある。過去にもゼルグラウドでは何度か魔王の再臨と共に勇者召喚の儀を行い、勇者たちが魔王を打ち倒してきた。召喚された勇者たちにはそれだけの力をさずかっているのさ」
なる程なる程。過去にも何度か召喚してるわけね? 同じような実績があるんなら、俺でも行けるかも⋯⋯⋯ん? いや待てよ。『勇者たち』?
「目の付け所がいいね。そう、勇者召喚では複数の勇者が召喚される」
俺以外にも召喚される奴らがいるのか。それならまだ安心かなぁ。やっぱり一人だと心細いし、魔王討伐なんて責任重大な仕事の重荷を分担できる。
「勇者たちにはそれぞれ権能を持つ神たちから加護を授かる。その加護こそが勇者である所以だ」
加護かぁ⋯⋯⋯。よく分かんないけどチートみたいなもんかな?
「概ね間違っていない。今回召喚される勇者は君を合わせて5人。
『剛力の神 ラーシャ』が加護を授ける『力の勇者』。
『治癒の女神 レティシア』が加護を授ける『癒の勇者』。
『刀剣の神 アスレイ』が加護を授ける『刀の勇者』。
『砲銃の神 キルクセル』が加護を授ける『銃の勇者』。
そして私『守護の女神 エイリャ』が加護を授ける、君だ」
おお! この超美人の女神様が俺に加護を授けてくれるのか!
力に癒に刀に銃⋯⋯⋯えっとその流れでいくと、守護の女神様の加護だから、『守の勇者』とかそんなんだろうか? いやー、照れちゃうなぁ。
「うん、まぁそれでだ⋯⋯⋯。本来なら私の加護を得て君は『守の勇者』となるところなんだが」
な、なんだろう。なんか歯切れが悪いような⋯⋯⋯?
「女神様? どうかしたんですか?」
「⋯⋯⋯いや、まぁこれは行ってみないと分からないし、あえて言う必要もないか」
「え?」
「いや、何でもない。とにかく私の力で君の体は再生した状態で召喚できるようにしておく。その際君には『守の勇者』と名乗ることを許そう」
「え? 許すって、守の勇者になるんですよね?」
「⋯⋯⋯守護の女神からお墨付きが貰えたのだ。喜んでおきたまえ」
「? 分かりました!」
よく分からないが分かったことにしておく。取り敢えず俺はこれから『守の勇者』として異世界に召喚されるのだ。
仲間の勇者もいるみたいだし、これから俺の新たな旅路が始まると考えるとどうしてもワクワクが止まらない。
「それでは今から君を異世界『ゼルグラウド』に送る。健闘を祈るよ」
「はい! 女神様! ありがとうございました!」
俺の体が光っていきどんどん消えていく。おー! ファンタジーすげーー! これぞファンタジーといった現象に俺は子供のようにはしゃいでしまう。
体がどんどん消えていくというのに不思議と恐怖は感じられなかった。
「ん⋯⋯⋯?」
瞬間、俺は背後から強い視線を感じた。
てっきりこの場所には女神様しかいないのかと思っていたが、振り返るとそこには一人の少女が佇んでいた。
漆黒を思わせる真っ黒な髪の毛は地面につくほど長く、顔は鼻先まで髪の毛で覆われてうまく確認できない。身長は小柄で中学生ないし小学生くらいの背丈だ。華奢な体つきとわずかに膨らんだ胸部からその人物が少女であることが伺える。
一瞬、その少女と目が合った。髪と同じく黒い目で見つめてきて、そうして微笑んできた。
「ベ、ベルヒルデ! どうしてここに⋯⋯⋯っ!? あれほど来るなと言って⋯⋯⋯!」
俺の体が光に包まれて消える間際、女神様の慌てたような声が聞こえてきたのを最後に俺は意識を手放した。
ーーーーー
ステータス
安曇 伊織 種族:ゾンビ
HP 854 / 854
MP 613 / 613
攻撃力 169
防御力 345
素早さ 115
魔力 155
【称号】
『屍の勇者』
【特殊スキル】
『屍死の女神の加護』
『守護の女神の加護』
【固有スキル】
『耐性所得』『攻防転換』『自己再生』
【スキル】
『物理耐性lv5』
ーーーーー
⋯⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯ゾンビィ!?
「えーー、勇者様? 勇者様が『何の勇者』様なのか、そろそろ教えていただいてもよろしいですかな⋯⋯?」
目の前で王様が困ったような顔で俺を見つめていた。しかし、俺は俯きながらプルプルと体を震わせることしかできない。
だって、だって⋯⋯⋯!!
(ゾンビってなんだこらぁああああああああああああああああ!!!)
女神様!? 俺いつのまにかゾンビになっちゃってるんですが!? 人間辞めちゃってるんですが!?
聞いてねぇ!! と怒鳴りたい気持ちを必死に抑えて、俺は大きく深呼吸をする。
お、落ち着け、俺。慎重になれ。そう焦んなって。
ちょっと人間からゾンビにジョブチェンジして? 『守りの勇者』のはずが『屍の勇者』なんて不名誉な称号になっているが、それだけだ。
ほら? 見た目はそんな変わってないっぽいし? ゾンビって言ってもちょっと血行が悪くなった程度さ、ああ問題ない。
それにほら。しっかり女神様からは加護を貰ってるし、字面からして見るからにヤバそうな女神様からもなんか加護を貰ってるけど、勇者としては十分にやっていけるはずさ。
⋯⋯⋯というか明らかに『屍の勇者』はこの女神の加護のせいな気がする。
い、いや! 気にするな! むしろ加護が2個! ラッキーじゃないか!
なんだ冷静になれば問題なんて何もない! 勇者の称号は少し変わったけど勇者であることには変わりはないし、不本意ではあるが『屍の勇者』として世界を救うとしようじゃないか!
それに不死身の勇者ってなんかカッコいいじゃん? 存外ゾンビも悪くないんじゃないかな?
「この世界は今、『死霊の魔王』フェリオルスに支配されつつあるのです。かの魔王を倒すには勇者様方皆様の協力は不可欠。不安に思うかもしれませぬが、どうか『何の勇者』様なのか、教えてはいただけませぬか?」
王様が困り果てた顔で俺に懇願してくる。未だに黙りこくる俺が王様たちを信用していないと思われたのかもしれない。
だが俺にはそんなことよりもすごく気になるワードが出てきてそれどころではない。
「『死霊の魔王』⋯⋯⋯?」
「え、えぇ、その通りです。『死霊の魔王』は戦いで死んだ人間や亜人、それに魔物や動物までもを使役して操る、屍の王なのです」
「へ、へー、屍の⋯⋯⋯」
俺が興味を示したからか、王様はここぞとばかりにその『死霊の魔王』について説明し始める。
「かの魔王の操る屍たちに殺されてしまえば、同じようにその者も屍となり『死霊の魔王』の配下になってしまいます。味方が死ぬたびに敵軍の数が増え、今ではもう防戦一方。なんとか魔王軍の侵攻を留めるのが精一杯の状態なのです」
「な、なる程ね。で、でもあれだろ? 勇者は特別で操られたりしないとか⋯⋯⋯」
「そうなのですか? 残念ながらそのような話は聞いておりませぬが⋯⋯⋯」
「だ、だよね〜。うん、勇者もゾンビになっちゃうよね〜。で、でもいくらゾンビになっちゃったとはいえ仲間を攻撃するのは辛いと思うんだよ」
「お気持ちはわかりますが、もし勇者様がゾンビになってしまえばそのまま敵に回ってしまうのです。高位のゾンビは生前と同じように話しかけたり、見た目が変わらなかったりするそうです。もし勇者様のみならず我々がゾンビになった時には、ゾンビになってしまった者のためにも殺してやるべきなのです」
「デスヨネ〜⋯⋯⋯」
俺が何か言う前に王様が俺の退路を絶ってくる件。
なんなの? そんなに俺を殺したいの? 馬鹿なの?
他の勇者たちも何でうんうん頷いてんの? ヤバイよ敵しかいねぇよベリーハードだよ!
「過去最強とも云われる今代魔王、死霊王フェルリオスを倒すためにも、勇者様全員と生き残った人類である我々が手を取り合わなければならないのです! どうか勇者様の加護について教えてはいただけませんか?」
ヤベー、魔王過去最強だってよ。前例あるなら俺でも行けるかもとか言っちゃったけど、これはヤバイ。異世界ハードモードどころじゃねぇ。世界レベルで俺を殺しにかかってるよ、異世界デスモードだよ。
「あ、えっと『守の勇者』です。⋯⋯⋯多分」
後半はボソッと誰にも聞こえないくらいくらいの声量で。
女神様から名乗っていいよってお墨付き貰ったけど、あれ絶対こうなるって見越してたよなぁ。
でもあの女神様の笑顔を思い出すと怒るに怒れない。こんな目にあっといて俺も大概だと思う。
だがまぁ、うだうだ言ってもしょうがない。
気持ちを切り替えろ俺! まだまだ異世界始まったばっかだろう!
「ま、『守の勇者』様ですか⋯⋯? それはまぁ、なんとも⋯⋯⋯」
俺が守の勇者だと話すと、王様はあからさまに落胆したような表情になった。
な、何だよ! 女神様から許可は貰ってるんだぞ! それとも屍の勇者って名乗った方が良かったのか、おぅ!? ⋯⋯⋯ごめんなさいそんな勇気ないですもう勘弁してください。
なんて心の中で王様にメンチ切ってたのだが、その王様の態度に俺よりも先に物申した奴がいた。
「なぁ王様。それはないんじゃないか? 俺たちはこの世界の都合で勝手に召喚されたんだ。『守の勇者』ってのがどんなのかは知らないけどさ、何の勇者かってだけで態度変えんのはあんまりだぜ?」
確かこいつは先ほど『力の勇者』だと名乗ってい青年だ。身長は190cmほどで筋肉質な体をしている。『力の勇者』というのも肯ける体躯だった。
しかし初めて会った俺のために怒ってくれるとは、こいつはいい奴だな。
「よっ、俺は大和司だ。同じ勇者として召喚されたんだ。仲良くやろうぜ?」
そう言って俺にニッと笑顔を向けてくる『力の勇者』こと司。八重歯が輝いててすげーイケメン。そんですげーいい奴。やべー。
なんか語彙力がやべーくらい低くなったが、挨拶を返さねば。
「俺は安曇伊織。俺のために怒ってくれてありがとう。こっちこそ、仲良くしてくれ」
「おう! よろしくな!」
そう言って手を差し出す司。俺も少し気恥ずかしく思いながらも手を差し出して互いに握手を交わした。
「そ、そうじゃの。『守の勇者』様、すまなかった。許してほしい」
そう言って王様が頭を下げる。
あれ、王様ってこんな簡単に頭下げてよかったんだっけ? いや謝ってくれるのは嬉しいんだけど、なんかちょっと気になってしまった。
周りの人たちを見るとザワザワして俺を睨んだらしてる人もいるのでやっぱり王様が謝るのはマズいことなのだと思いなおす。
「い、いえ! 俺は全然気にしていないので! お気になさらず!」
周りの空気に耐えられず俺はなんとか王様の頭を上げさせようと言葉を返す。
王様は本当に申し訳なさそうにしながら、おずおずと頭を上げた。
「ありがとうございます。その⋯⋯⋯過去にも『守の勇者』様が召喚されたことがあるのですが、あまり活躍を耳にしていないもので」
なる程。それで思わず落胆してしまったのか。
人間以外ほとんど絶滅するくらい追い込まれてるんだ。強い勇者に来てほしいって思うのは当然だよなぁ。
ごめんね? 『守りの勇者』で。いやホントは守りの勇者じゃないんだけどそこはまぁ勘弁。ゾンビ使役する魔王がいる中で自分ゾンビっす! 『屍の勇者』っす! なんて言おうものなら文字通り屍にされてしまいかねん。
俺と司と王様で話に区切りがついたところで、俺と同じく勇者として召喚された少女が話に入ってくる。
「正直いきなりこんなところに連れてこられて『君は勇者だ』なんて言われても、全然ピンとこないんだけど、まあそれは置いておくわ。それで、結局僕たちは具体的にこれから何をすればいいわけ?」
そう発言したのは先ほど自分を『癒の勇者』だと名乗った少女⋯⋯⋯いや少年? 声の感じから女性だと思うんだけど髪もショートカットで服装もズボンなのでちょっと自信がない。あと胸も全然なーーーってぅお!? すっごい睨まれた! え、なに、エスパーか何かなの? とりあえず眼力がすごくてめっさ怖い。
「僕は中原翠。今しがた変な視線を感じたんだけど⋯⋯⋯まぁいいわ。小中高と女子校だったから男子との接し方っていまいち分からないんだけど、仲良くできればいいわ。よろしく」
「おう! 大和司だ! よろしくな中原!」
「あ、安曇伊織です。よろし⋯⋯ひぃ!?」
司とは普通に笑顔で握手してたのに俺が手を出すと握りつぶさんばかりに手を握られる。
い、痛い痛い痛い!! ちょ、折れる!! 折れちゃうから!! 何だこの握力、ホントに女の子かよもはやゴリr⋯⋯⋯ぁあああああああ!!!!
「これは自己紹介の流れかな? ならば私も乗らせていただこう。朱雀院茜音だ。苗字は長くて言いづらいだろうから茜音で結構だ。よろしく」
「⋯⋯⋯俺は、霧矢透。⋯⋯⋯あまり喋るのは得意じゃないが、よろしく」
『癒の勇者』とは名ばかりのゴリラ並みの握力を誇る翠に潰された腕を押さえて悶えているうちに、他の召喚された勇者たちが自己紹介をしていた。
朱雀院茜音と名乗った女性は先ほど『刀の勇者』と言っていた人物だ。長い黒髪をポニーテールにしており身長が女性にしてはかなり高い。ちなみに胸も大きかった。
霧矢透と名乗った男性は先ほど呟くように『銃の勇者』と言っていた人物だ。自己紹介も声が小さく髪の毛を鼻先まで伸ばして目元がほとんど見えない。言い方は悪いが根暗というイメージがぴったりだろうか。
とりあえず召喚された勇者5人については知ることができた。
後から聞いたらみんな同い年の17歳だったらしい。司とかボディービルダーみたいな体してるんだが、これで同い年とは恐ろしいものだ。流石は『力の勇者』。
あと、翠は茜音と同い年だと知って胸を押さえながらショックを受けていた。それを見て笑ったのがいけなかったのだろう、その場で腹パンを喰らってしまった。めっさ痛かった。
「えー、勇者様同士親交を深められたようで何よりです。それで、『癒の勇者』様がおっしゃられたことについてなのですが、事はかなり急を要します」
翠の質問⋯⋯⋯たしかこれから具体的に何をするのか、だったか? 質問の後すぐに自己紹介の流れになってしまったため王様は話がひと段落するのを待っていてくれたのだろう。
なんだこの王様、すげーいい奴じゃん。王様相手に結構失礼なことしたのに俺たちにめちゃくちゃ丁寧に対応してくれるよ。神かよ。⋯⋯⋯あ、いや神は言い過ぎた。神は俺の中ではあの女神様だけだからな!
「今我々人類は非常に追い詰められているのです。魔王軍は魔大陸からここゼルガルド大陸に侵攻してきております。そして今やこの大陸の7割以上が魔王軍の手に落ち、大陸の最西端にある我が国のみが最後の人類となっているのです」
女神様から聞いていたけど人類大ピンチ。将棋でいうと王手一歩手前くらいだろうか? いや将棋詳しく知らんけども。
「この国は大きな山や川などの大自然に囲まれており、自然の要塞となっております。なので要所要所に砦
を築き魔王軍の侵攻を長らく食い止めてきたのです。⋯⋯⋯しかし相手は不死身の集団。昼夜戦いるづける兵士たちはもはや満身創痍でいつ砦が破られるかもわからぬ状況なのです」
「⋯⋯⋯つまりいきなり実戦ということだろうか? 正直授かった加護の力というのもいまいち実感がない。せめて何日か訓練の時間を頂きたいのだが?」
王様の次の言葉を察して茜音が待ったをかける。たしかに呼ばれていきなり実戦ってのも自信がない。こちとら平平凡凡に生きてきたただの高校生だ。それがいきなり殺し合いだなんてできる気がしない。むしろ相手側からしたらいい的ではないだろうか。
「仰ることはもっともでございます『刀の勇者』様。しかし⋯⋯⋯我々には本当に猶予がないのです。ここから目指していただきたい砦までは馬車で1週間ほど。その間に訓練を積んでいただきたいのです」
無茶を言っている自覚はあるのだろう。俺たちは、少なくとも俺は馬車なんて乗ったことがない。馬車のことなんてよくわからないが、相当揺れるはずだし疲れるはずだ。その間に修行なんて馬を休める間にやるくらいだろう。
人によっては馬車に酔って訓練なんてそれどころじゃなくなる可能性もある。それでもなおすぐに向かってほしいと言う王様はとても苦渋に満ちた顔をしている。罵られることも覚悟の上、それでもすぐに向かわなければ不味いほど、危険な状況なのだろう。
俺以外の他の勇者たちもこの世界のあまりの瀬戸際っぷりに驚きを隠せないようである。そして王様の表情からこの決定はお願いではなく半ば強制であろうことも。
「勇者様方にとっては初陣となります。今回の主な目的は最前線に赴き、お姿をお見せすることで兵士たちを鼓舞することです。そして戦場というものに慣れていただきたい」
「成る程。あくまで兵士たちの鼓舞が目的、か。ならそう危険なことにはならないのではないか? 戦うことが目的ではないのだろう?」
「はい、しかし勇者様には今後、その砦にて活動していただく予定なのです。砦へと向かい、兵士たちを鼓舞し、さらにそこで訓練を積み実際に戦っていただくことになるでしょう」
つまり砦に向かって最初は兵士たちに顔出して応援して士気を上げるだけだけど、訓練も同時並行で進めてそのうち戦ってもらうよ、ということか。
簡単に言うけど結構無茶言ってるよね。それだけ勇者の力がすごいのか、この世界が追い詰められてるのか、判断が難しいところだ。
「そういえば今更だけどさ、俺らって元の世界には戻れないのか? この世界の人たちがすっげー辛い目にあってんのは分かったけどさ、それなら俺たちみたいな子供じゃなくて元の世界の格闘家とかプロレスラーとか強い人を呼んだほうがいいんじゃないか?」
おお、司の言うとおりだ。女神様から一度話を聞いていたとはいえ俺もかなり混乱していたらしい。そうだよ、さすがにこんなハードモードな世界でわざわざ勇者しなくてもいいなじゃいか。⋯⋯⋯それとも俺ゾンビだから元の世界に戻ったら死んじゃうんだろうか?
「⋯⋯⋯それは叶わないのです『力の勇者』様。この度行われた異世界からの『勇者召喚の儀』。そもそもこの『勇者召喚の儀』はいつでも行えるというわけではなく、100年に一度の最高神様の力が最も高まる瞬間にしか成しえないのです。つまり次に『勇者召喚の儀』が行えるのは今からまた100年後ということになります」
「成る程、それではこれ以上の勇者の追加はほぼ不可能ということか」
「ええ、そして今ここにおられる勇者様方の帰還の条件について。---まことに申し訳ございませんが、この世界にて魔王を倒して頂かぬ限り帰ることはできません」
「なっ!? そ、それは一体どうして!?」
「⋯⋯⋯まず、この世界において異世界から来られた勇者様方は異物なのです。本来であれば異物は世界により排除されてしまうのですが、今回『勇者召喚の儀』によって異物である勇者様がたをこの世界に留めるための楔を設定したのです。その楔こそが『魔王が死ぬこと』。つまり、勇者様方は魔王が死なぬ限り永遠にこの世界に繋がれたまま、元の世界に帰ることはできないのです」
小難しくてよくわかんなかったけど、つまり魔王倒さなきゃ元の世界には帰れないということだろう。うん、なんとなくそんな気はしてた。期待はしてなかったよ? 俺ゾンビだし、帰ったら肉塊のままの可能性あるし。
司たちは王様の言葉に驚いたらしく目を大きく見開いている。まぁ魔王を倒せるのがいつになるのか、そもそも倒せるのかもわからないから、王様の話が本当だとしたら元の世界に帰れるようになるのは当分先だ。俺は元の世界で死んじゃったからあんまり帰りたいと思わないけど、司たちは俺とは違うんだろう。
元の世界で平和な暮らしを送っていたはずだ。それがいきなりこんなところに召喚されて、世界征服一歩手前までいってる魔王を倒すまで元の世界には帰れないなんて到底受け入れられる話ではないだろう。
俺だったらふざけんなって大暴れするね。だって他人のために命はれって言ってきてんだよ? 勝手に呼び出しといてどういう了見じゃボケェ! と怒り心頭間違いなしだ。
きっと司たちだって頭に来てるはずだ。ほらほら、言ってやれ! ふざけんなーって!
「⋯⋯⋯わかった。そういうことなら仕方ない。『勇者』の力ってのがどういうものなのかはまだわかってないけど、この世界の人たちが困っているのは十分わかった。俺はこの世界の人たちに協力しようと思う」
え?
「私も協力しよう。こんな話を聞かされて放ってはおけないさ」
あれぇ? 茜音さんも?
「⋯⋯俺も、微力だが、力になれるなら。協力する」
そんな! いかにも根暗で捻くれてそうな透までもが!?
「⋯⋯⋯フン、勝手に呼び出して世界のために僕たちに戦えっていうの? それってちょっと都合がよすぎない?」
おお! さすがは『癒の勇者』とは名ばかりのゴリラ! そうだよもっと言ってやれ!
翠が一瞬こちらを射殺さんばかりの眼光で睨みつけてきたが、コホンと咳払いして頬を少し赤らめて言葉を続ける。
「⋯⋯⋯まぁでも? すっごく困ってるみたいだし? どうしてもっていうなら⋯⋯⋯手を貸してあげなくもないけど」
う、裏切ったなゴリラぁあああああああああ!! こんなところでツンデレ発揮しなくたっていいんだよ!!
なんだよ! 王様たちに不満感じたの俺だけなの? なんかそれだと俺だけ人間出来てないみたいじゃないか! ⋯⋯⋯いや今はゾンビだけどもね!? ほっとけ!!
そんなこんなで勇者全員が魔王討伐に向けて頑張ることが決まった。
俺はもともと死んでからこの世界に来たし、元の世界に帰れないのは別に気にしていない。魔王と戦うのは不安しか覚えないけど、他勇者四人がこの世界のために協力すると言っているのに俺だけ駄々をこねる勇気はなかった。
勇者一同の協力が得られてからは話が速かった。魔王軍の侵攻を押さえているという砦へ向かうための馬車は既に用意していたらしく、急かされるように用意された馬車の方へと向かわされた。去り際に王様から「どうかこの世界をお願いします」と言われて司たちはおのおの頼もしい言葉を返していたが、俺はひきつった笑みしか浮かべられなかった。