月が綺麗ですね
初めてきみと二人きりになれたとき、ぼくはきみだけをまっすぐに見つめてこう言った。
「月が綺麗ですね」
空を仰いだきみは、まだあどけなさの残る顔で頷いた。望月の美しい夜だった。
「ええ、そうですね」
あれからどれほどの長い年月をともに過ごしたのだろう。美しかったきみの顔には深い皺が刻まれ、 黒髪は真綿に染まり、たわいのないぼくの文章も少しは皆に知られるようになった。
そして、人生の終わりを迎えようとする今、ぼくはあのときと同じ言葉をきみに投げかける。
「月が綺麗だね」
きみは優しく微笑んで、あのときと同じように頷いた。
「ええ、そうね」
星の美しい夜だった。