第8話 悪ガキ兄弟を躾する
「木偶、今日は早いんだな」
「……お兄様方も、お早いご到着で」
食堂に入ると、面倒な人間しか到着しておらず顔をしかめそうになる。
エイジや父親はまだ来ていない。到着していたのは、悪ガキ兄弟だけだった。
ゲームでは敵方の第二王子、第三王子として大した立ち絵もなくモブとして登場していた彼らだが、勿論名前はきちんとある。第二王子のフリードリヒ、そして第三王子のベルだ。双子の二人は10歳の仲良し悪ガキで、マリアをよく虐めている。折角イケメンに生まれたのに、勿体ないことこの上ない。
絡まれないよう目線を合わせず椅子に座ろうとすると、椅子の腰掛ける部分に蛙が紐でくくりつけられているのに気づいた。
蛙を選んだ理由は、マリアへの嫌がらせだろう。マリアは蛙が大嫌いだった。だからわざわざ拾ってきたのだろう。横目で双子を確認すると、悲鳴を上げて泣きわめくのを心待ちにしている、そんな表情だ。
しかし中身はアラサー元野生児である。蛙なんて屁でもない。
紐でくくられている可哀そうな蛙をすぐに解放し、逃がすために手に持った。
「げ!きったねえええええ!」
「きもちわる!」
「……そうですか」
お前たちも苦手だったんかい!と内心大きくつっこむ。彼らが拾ってきたかと思ったが、どうせ使用人に捕まえさせたのだろう。そのまま食堂から外に出て逃がすと、席に戻った。
「なんで触れるんだよ!お前苦手だったじゃんか!」
「あら。異国には、蛙に変身した王子様のお話があるんですよ?あの蛙が王子様かもしれない、って思うと可愛く見えてくるじゃないですか」
「は?なんだよそれ」
双子は同時に首をかしげる。
そのシンクロに笑いそうになるのをなんとか抑え、話を披露した。
ある日お姫様が、泉に毬を落としてしまったこと。
大切な毬を落としてしまって悲しみに暮れていたら、蛙が拾ってくる代わりに「友達になって」と交換条件を出したこと。
そして蛙は色々なお願いをしていくが、最後にキスを要求したこと。
いやいやキスをすると、その蛙が王子様に姿を変えたこと。
王子様が魔法で呪いをかけられていたことが分かり、呪いが解けた彼とお姫様は結婚したこと。
『かえるの王子様』の話を脚色しつつ、時には声に強弱をつけて語ると、二人は固唾をのんで聞いてくれた。特に蛙とお姫様がキスしたところなんて、「「キャー!!」」と叫んで可愛いったらありゃしない。
ファントム家は皇后である母親が早くに亡くなったこともあり、夢物語を聞く機会もほぼないのだろう。あの脳筋の父親が童話なんて話すわけもないし、この食いつきも当然といえば当然だ。
話し終わるまでに、双子の興味を一気にひくことに成功した。
会いたくない対象の双子であったが、こんなにキラキラとした表情を見ているとたまに話すのはいいかもしれない。
「ほかに話はないのか?木偶」とお代わりを要求してくる双子に、「それを直したらいいですよ」と返した。
「それってなんだよ?」
「その『木偶』って呼び方です。私にはマリアという名前があるでしょう?」
「だって、お前弱いじゃんか!弱いやつは木偶だって、父様が言ってたぞ!」
双子はさも当たり前のように、そう胸を張る。
そこで初めて、彼らの言う『木偶』に悪意はなかったと知った。
偏った教育のせいで、偏った知識しか身に着けていないことに心が痛む。
「言葉は、人間を作るのですよお兄様。正しい言葉を使えてこそ真の貴族。悪い言葉を使い続けたら、お兄様たちも蛙になってしまうわ」
「「蛙に!?」」
先程の話の中で蛙に帰られたのが王子だったこともあり、二人は恐怖で固まる。
そして「直す直す!」と素直に約束してくれた。
「それなら、私もまたお話します」
「本当か?」
「悪い、待たせたお前たち。仕事が長引いた」
「お兄様!お父様も!」
エイジと父が一緒に部屋に入ってくる。
それからは食事が始まり、会話は仕事の話となった。
どうやら我が帝国で、ついに奴隷貿易を始めたらしい。
「利益がでるぞ」とほくほくしている父。その想定は間違っていない、実際に巨額の富を生む。
その金が軍事費に投入され、戦争の方向にどんどんと流れていくのだ。
私に果たして、それを止めることができるのだろうか。
これからのシナリオを知るのは私だけだ。
ロマン帝国が勝利し、軍事大国になることだけは避けなければならない。その状況になってしまえば、ヒロインに打ち滅ぼされる運命にあるのだから。
タイムリミットは、刻一刻と迫ってきていた。
※※※
私は食事が終わってから、部屋に戻らず、書庫に立ち寄った。
マリアは残念ながら経済・社会・地理について興味がなかったらしく(まだ6歳だから当たり前だが)、その知識が脳内どこを探してもインプットされていない。勿論恋愛ゲームの中で詳しく説明されていたわけではないため、知識を新たに更新する必要があった。
書庫に入ると、おそろしく大量の本が棚に並んでいた。
ここから本を探すのは、恐ろしく骨が折れそうだ。
私の着替えをいつも手伝ってくれるメイドの彼女も、専用使用人ではないため、ここまでついてきていない。おそらく別の仕事をしており、呼ぶのも気が引けた。
書庫に、幸い人の姿はない。
部屋の鍵を閉め、私は短く息を吸う。
「ロマン帝国内のここ3年の経済本が読みたい。私はこの国の経済を知らない、シナリオを変えるためには本が必要なの!」
思い描くのは、知識のない自分の真っ黒な脳内。強い願いをイメージとともに飛ばす。
身体から『何か』抜けるのを感じ、思わずその場にへたり込んだ。
ポトン、と間抜けな音が本棚から聞こえた。慌てて駆け寄ると『ロマン帝国 経済入門』という本が落ちていた。中身を見てみると、最近書かれたもので、ここ3年の経済もわかりやすく解説されている。著者はロマン帝国宰相、テンペスト。宰相が書いたものならば、信用性も高いだろう。
消灯時間にはまだ早いことを確認して、私は中身に目を通した。
どうやら、この国では長年農業が不作のようだ。原因は重い課税が払えない国民による、田畑の過剰利用。農民が「少しでも金を作るために」同じ土地を利用して何回も植物を育て、土地がやせ細ってしまったのだ。そんな土地では農民がいくら頑張っても、生産できるはずはない。だから、父は奴隷貿易に手を出した。
穀物が少なくなったら、奴隷を売り買いする――ということか。全く、反吐が出る。
奴隷貿易で利益が出るのは、皇室と商人。この貿易がどれだけ成功しても、農民の重税は変わらない。つまり、今でさえ次々に死亡者数を増やしている農民は、その数を増やすだけだろう。それこそ、革命が起きない限り。
死者が多い国では、伝染病がはやる。伝染病と重税のダブルコンボで、死者数はうなぎ登りになるだろう。
この国は、終わっている。それだけは、文字を通してありありと想像できた。