第4話 第2の攻略対象、現る
「……知らない人にはついていかないよう、母に教えられたので。失礼」
燕と目を合わせないようにしつつ、カーテーシーを披露する。
生前の記憶にはないが、マリアの記憶のおかげで第一皇女にふさわしいカーテーシーを披露することができた。
ドレスがすんなりと着れたり、懲罰房までの道のりが分かったり、カーテーシーを披露出来たりと、マリアの記憶はしっかりとあるらしい。ありがたい話だ。考えてみればこの国の言葉が自然と理解できるのも、マリアの記憶のおかげだろう。
そのまま踵を返すと、「待って」と声をかけられる。
無視しようかと思ったが、笑顔で通せんぼされ、しぶしぶと燕と目を合わせた。
「……なんでしょう」
「なんでしょう、か。誰でしょう、って聞かれるかと思ったけど。俺のことがもうわかっているみたいだね」
「……探偵気取りですか。急いでいますので」
「ふふ、レディの目的地に興味があるんだ。教えてほしいな」
「教えられません」
通せんぼをするその横を通ろうとするが、手を引っ張られる。
だから嫌なんだ、と内心うんざりと肩を下げた。
魔術師、燕。この魔術が広まっていない世界で知識を独占し、500年生きた男。
長年生きているからか面白いことに飢えていて、興味のあることをとことん追求する性格。
ちなみに性質は最悪だ。あるルートでは「面白そうだから」マリアを殺している。
「興味を持たれませんように」と内心十字を切りながら、引っ張られる手を振りほどいた。
「女性の手をいきなり握るなんて、失礼な人ね」
「これは失礼。あまりに魅力的だから手を伸ばしてしまった」
「……本当になんなんです?目的は?」
「だから、レディ。貴女の目的地に興味があるんだ。是非エスコートさせてほしい」
「嫌と言っているんです」
「隣国の宰相が首を吊った庭園。たかだか6歳の貴女が、たどり着けるとでも?」
耳を疑う。なんで、この人が、知っている。
恐る恐る振り返ると、彼は満面の笑みを浮かべていた。
「連れて行ってあげるよ。だから俺に君をエスコートさせてほしい」
「……あなたになんのメリットが?」
「なんで知っているの、とは聞かないんだね。優秀だ。
メリットは、そうだなぁ。君に興味がわいた、と言っておこうかな」
死亡フラグが、立った。内心悲鳴を上げる。
しかし彼の申し出は、間違いなくありがたい。城を抜け出すことこそ成功したが、それからの道のりはどうしようか悩んでいたところだ。特に国境を超えるルートはどうしようかと頭をひねっていた。
悩んだが、今からの目的達成と天秤にかければ彼と借りを作ることくらい些末なことだろう――そう、半ば無理やり自分に思い込ませた。それに彼が協力者になってくれるなら、心強いことも確かだ。私は素直に頭を下げた。
「では、お願いします」
「おや、ずいぶん殊勝な態度だ。君の父様みたいに偉ぶってもいいんだぞぅ。なんたって、君は第一皇」
「マリアです。貴方との短い付き合いの中に、身分を持ち込むほど無粋じゃないわ」
「――そうかい。俺は、燕だ。是非、長くお付き合いしたいものだね」
にこり。そう彼が微笑むと、身体に重い重力が降りかかる。
私は燕の魔術により、瞬間移動していた。
※※※
魔術石。それを所有する者は、魔術を使えるようになれる。また所有者が経験値を積み熟練度を上げると、(制限はあるものの)他人に魔術使用権を付与できる。そんな世界の常識を覆す滅茶苦茶な石は、宰相が自殺した庭園に眠っていた。
毎日宰相を追悼するカタリアが、偶然その石を見つけ、所有者になる。そして燕以外の唯一の魔術師となり、ロマン帝国を攻めこむのだ。
私が城を抜け出した理由は、この石を拾うためだった。
私は、この世界に運よく転生したからには、生き延びたい。生前から数えると、第三の不幸で悪役令嬢に転生してしまったが、生き延びたいのだ。戦争で死にたくなんかない。
ただ、マリアのスペックはどう考えても見舞われる事件に抵抗できるほど強くはないのだ。サザマーニュの騎士団に襲われたら一発で首が飛ぶ。物理的に。
頭脳は明晰という設定だが、頭脳だけで戦える諸葛孔明ほど頭がいいわけではないだろう。そんな自信もない。
ちなみに「さすがに主人公チートがすぎる」とゲームバランスを考えた製作者が、本人でさえ認識していない隠しスキルをマリアに付与している。これが物語の終盤地味にカタリアを苦しめるものなのだが、不確定要素を含むスキルでもある。そんなものに命を懸けるなんてギャンブラーにはなれない。
だから魔術というこの世界の『レア』を手に入れておきたかった。
庭園につくと燕に軽く御礼を言い、周囲を見渡す。ゲームでは、「宰相は家の近くの庭園で自殺した」としか書かれていなかった。しかし、燕が「首を吊った」とヒントをこぼしていた。庭園で首を吊れるくらい背の高いもの――それは、木だろう。小さい庭園だから、それほど木が多いわけでもない。地道に手前の木に目印をつけながら、石を探していった。
「……マリアはさぁ、なんで庭園に?」
「魔術石を探しに。わかっていることを聞くのは、無粋です」
「はは、そうかもね。これは俺が無粋だった。でも、理由だけがどうしてもわからないんだ。教えてよ」
「魔術石を求める理由ですか?」
「うん。地位と金は持っているだろう?好きな男でもいるのかい?それとも復讐、とか?」
いつの間にか背後に立っていた燕が、つまらなそうに問う。
私は捜索の手をいったん止め、彼に向き直った。
「生きたいから」
「……」
「私はこれから、死ぬ運命にある。だから自分の足で立って、戦って、生き抜けるために石が欲しいの」
「……生への執着か。悪くない。しっかし、生きているのはそんなに楽しいかね?俺にはわからない」
紫色の瞳が細められる。500年間生きた彼だからこそ、私にはわからない苦しみがあるのだろう。
しかし、私にしかわからない人生の苦しみもある。生前も含めると、私はつらいことの方が多かった。しかし、確実に楽しいこともあったのだ。
気恥ずかしくなって捜索を再開しつつ、口だけは動かした。
「楽しくするのは自分の仕事。たとえ目が見えなくても、妹から貰ったネックレスを付けたら、綺麗な自分になれる気がするのよ。鏡なんて見えやしないのに。とらえ方次第で人生なんて悲劇にも喜劇にもなるわ」
「……そうかねえ」
「そんなもんよ、重くとらえすぎ。私は燕に会って、最初は正直『げっ』と思ったけど――今は感謝しているし、楽しいわ。燕も、私と喋れて楽しいでしょう?」
「自意識過剰だ」
「なによ、自意識過少よりはずっとマシだわ。――ほら、貴方も笑ってる」
燕の素の笑顔が見れて、私も思わず笑みを浮かべた。
彼の自然な笑顔は、ゲームではハッピーエンドでしか見れない。5つあるルートの1つでしか見れないレアな表情なため、よく覚えていた。
そのスチルそっくりな表情が見れて、得した気分になりながら木の周辺を探る。
相変わらず私の背後を幼子の様に着いてくる彼の表情は今は分からない。しかし数十秒無言を保った彼は、もそりと言葉を発した。
「マリア。君のこと、気に入ったよ。だから注意して。君が使った『探偵』という言葉――この世界には存在しない。俺みたいなやつに付け込まれるよ」
「あら。貴方も、読心術を得意としていることがバレバレよ。調子に乗ってあからさまに私の考えてることを指摘して。
ついでに宰相が庭園で自殺したことは知っていただけど、首つり自殺したことは知らなかったわ。情報をありがとう」
これまで会話でマウントを取られまくった恨みを隠し、笑顔でやり返す。
生前から負けず嫌いだったのだ。ストレスは溜まりまくっている。内心中指を立てながら振り返ると、頬を赤く染めた燕が立っていた。
どうやら怒らせてしまったらしい。帰り、送ってくれるだろうか。
しかし不安とは裏腹に、燕は言い返してくることがなくなった。そして私の捜索中ずっと後ろを健気に付いてきた。
ゲームでも飄々としたスタンスを崩さなかった燕が異様におとなしくなっていることに違和感はあるが、モタモタしていたら夜が明けてしまう。二人で無言で、魔術石を捜索した。