第38話 虐殺
【メインヒーロー:キール=マッカートニー視点】
楽しみにしていた出征。活躍して出世するぞ、と意気込んで参加したが現実はそう甘くなかった。
獣人族の住処がある山に踏み入れしばし進軍した時――突然、空気が無くなった。
息が吸えない!呼吸が……できない!
バニックになる脳内。周りを見ると、バタバタと人が倒れていく。
騎士団の特訓には様々な種類のものがあるが、空気が無くなることを想定した訓練はない。慌てて水潜りの際の呼吸法を思い出しその場を乗り切ろうとする。
チラリと騎士団長に目をやると、宙を見て口を綻ばせていた。一切動揺している気配は無い。
しばらく経つと、急に空気が吸えるようになった。
実際には短時間だったのかもしれない。しかしいきなり無酸素状態になったらパニックにもなるし、1秒が数分にも感じる。俺の周りの人間はほぼ全員倒れていたし、俺自身膝をつかなければ起き上がっていられなかった。
「うわははははははははははははは!こんなこと初めてだ、最高だ!!何が起きているっ!!!」
倒れている騎士が多い中、部下を気にせずに哄笑する騎士団長。「狂人」と内心呟く。なぜあの人は元気に動けているのだろうか。意味が分からない。
まだ働かない脳をそのままにぼおっと騎士団長を眺めていると、彼は剣を投擲した。
起きている騎士全員がそちらに目を向ける。今気づいたが宙に大きなワシがいたようだ。
獣人族なのだろうか。だとしたらあのワシが、この状況を生み出したのだろうか。
騎士団長が投擲した剣は、ワシに刺さらなかった。団長はその事実に大きく舌打ちして、笑う。
そして副団長に後を任せどこかに行ってしまった。
「身を引き締めろ!何者かの攻撃に遭い、我々の人員は大きく減らされてしまった。動ける騎士の人数を確認したい、部隊ごとに点呼して報告しろ!」
副団長の声が大きく響く。すぐに隊長が部隊の確認作業にうつった。
俺が所属している第98部隊には1000人騎士が所属している。しかし俺も含めて立ち上がれる人間は10人もいなかった。本丸に切り込む前にここまで減らされたことに、乾いた笑いしか出ない。
俺よりも剣術が優れている先輩も、呼吸が出来ない状態には耐えられなかったらしく意識を失っていた。
「――動けない騎士が想像以上に多いな。獣人族のもとへ連れていくわけにいかん。おいていけ」
「そんな!置いてなんていけません、ここに獣人が来たらどうなるか!」
誰かがそう反論の声を上げる。若い騎士だった、副団長に怯まず噛みついている。
しかし副団長のことをよく知っている者は顔を引きつらせる。息をのむ音が色々なところから聞こえた。
「じゃあ、お前が意識のない騎士を全員連れて行け。27000の騎士全員、よろしくな」
「にまっ、」
あまりに多い数字。そこまで多い人数が行動不能だとは信じがたい。
「しかも我々はこれから獣人族と戦闘する必要がある。その先頭で27000人全ての騎士を全員守ってくれ。頼むよ」
「……27000人、」
「できるんだよなァ?できるからナマ言ったんだよな?」
七三分けで眼鏡のまじめな容姿からはかけ離れた、ドスの効いた声が副隊長から漏れる。若い騎士はその変貌に目を白黒させ、小さな悲鳴を上げた。
「ヒッ!」
「ったく、ウィルの野郎も自分勝手に獣人ンところ行きやがって……面倒な仕事は全部全部全部全部俺だ!!あぁぁぁぁああ面っっ倒くせえ!!」
「副団長、落ち着いてください!」
周りの隊長らが慌てて副団長を宥めに行く。彼は批判の声を上げた騎士を思いきり蹴飛ばし、眼鏡をかけなおした。
「お守りをしてる暇はねえんだよ!動ける奴だけでも侵攻しろ!」
その言葉を契機に、僕らは歩を進める。お世話になった先輩も倒れていたが、連れていくことはできなかった。若い騎士は泣きながら足を動かす。
心が、抉れていくのを感じる。足はこれ以上なく冷たかった。
※※※
それから3時間止まることなく行進した。隊長に聞くと、恐らくもう獣人族の住処に近い地点にいるという。副団長の指示で、30分ほど最後の休憩をとることになった。
3000人ほどいるにも関わらず、騎士同士の間にほぼ会話はない。『都市伝説ともいえる獣人族にこの人数で立ち向かえるのか』という恐怖に皆包まれていた。
隊長会議から戻ってきた隊長はその空気に気づき、笑顔で隊員に声をかけてくれる。少し笑い声が増え、周囲の空気が弛緩した。
「よお、キール。ずいぶん辛気臭い顔してんじゃねえか!初陣だろ、楽しめよ」
「隊長はよく楽しめますね……僕は、正直怖くて」
身体が大きく豪快な隊長は、バシバシと僕の背中をたたく。笑い声が静かな周囲に響いた。
「なんだよ、意外に肝っ玉が小さかったんだな。団長も副団長もウキウキしてたぜ」
「あの人たちは化け物でしょう、真似できませんよ。――って、団長帰ってきてたんですか?」
「あぁ、強いやつと会って早速一戦かましてきたらしい。団長が負けたんだってよ、すげえよな」
「……え、団長が負けたんですか?」
団長が負けた?あの、団長が?
周囲でこちらの会話に聞き耳を立てていた隊員も言葉をなくす。それほどまでに団長の敗北というのは信じがたいことだった。
騎士団長とは剣を交えたことがないが、とんでもなく強いことだけは理解している。
僕の格上である隊長が、団長に一撃さえいれることができなかったというのは聞いたことがあった。
副団長さえも団長に勝ったことがないという。
そんな団長が、敗北。先程の無酸素状態と言い、理解できないことばかりが立て続けに起こっている。
「怪我はなかったのか」と聞こうとしようとした瞬間、大きな石が宙から降ってきた。
「空襲だ!獣人族が来た!!!」
空気を切り裂く副団長の声。宙に目をやると、大きな鳥が旋回していた。
落ちてくるのはただの石だが、高い位置から落ちると最悪な攻撃へと変わる。隣の人の頭に、石が落下して血が噴出した。
「――あっ、」
「鉄砲を構えろ!大砲でもいい!相手は宙にいる、狙い撃てば落とせる!」
そんな副団長の命令の合間にも、どんどんと石が落ちてくる。勢いをつけて落ちてきた石は土を抉り、逃げ遅れた騎士の頭に降りかかり、武器を潰した。
鳥は抱えている石を落とすとすぐに身を翻して去っていく。僕もなんとか石を避けながら鉄砲を構えたが、そのころには鳥ははるか遠くに飛び去っていた。
撃ち落とせた獣人は、0。対してこちらの被害は大きい。目測では1000人近く倒れている。1/3が一気に削られたことに、身がすくんだ。
そんな光景を見て、団長は笑っていた。副団長もそれを咎めつつ、顔色一つ変えていない。
隊長も淡々と被害を確認しており、その様子を見て「僕にはまだ早かったんだ」と理解した。
弱い人間が傷つき、倒れる。それを置いていく。そんなこと彼らにとって『普通』なのだろう。
そして僕にそんな精神の強さはなかった。所詮まだ戦争に参加するには早かったのだ。
「これ以上ここに居座ったら被害が拡大する。動くぞ」
その副団長の呼びかけに、騎士は皆足を動かす。僕も歩を進める。頭は思考を停止しているのに、足だけはきちんと動く。
2000人で立ち向かうのか、と僕は息を吐いた。
2回の襲撃に耐えることができた2000人は、やはり強い人が多い。しかし人数は当初の1/50だ。「少数精鋭」といえば聞こえはいいが、頭の隅で冷静な僕が「負ける」と囁いている。
ふと、ロマンで見かけた彼女はどう動くのだろうと思った。
たった一人でポリチェを救った彼女なら、なんとかできる気もする。しかし彼女のように良い策は一切思い浮かばなかった。




