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悪役令嬢に転生したら、亡国を立て直すことになりました  作者: のみ
第3章 最古の戦闘民族
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第30話 ウラギリモノ

瞬間移動先の座標は、前回と同じところに設定した。

昨日よりも時間をかけて瞬間移動を決行する。治療のことを考えると、少しでも魔力を温存しておきたい。変換効率を意識して、魔力を過剰に消費しないように移動した。


獣人族の住処へ向かう途中、大量の人間が山に存在していることを仲間には伝えた。獣人族の住処の方向へ進行していることも、勿論添える。それを聞いたヒポクラテスとエメリンは顔をしかめた。


「動きがあまりに早いですね。向かってきているのはロマンの奴隷商人なのか、サザマーニュの人間なのか」

「確証はないけれど――獣人族の住処を知っているのはごくわずかの人間であることを考えると、ロマン帝国がその情報を握っているとは思えない。仮に上手く私たちをつけたとしても動きが早すぎるわ。恐らくサザマーニュの人間でしょうね」

「逆にサザマーニュ側は獣人らの住処を知っているのですか?」

「あのリンゴを領主に届けた人物が、サザマーニュ側には存在するわ。その人物が情報を漏らしたと考えるのが一番自然ね」


私の言葉に、エメリンは「そうか」と頷く。しかしヒポクラテスは顔をゆがめた。


「リンゴがポリチェにもあったことを考えると、サザマーニュはポリチェにも侵攻するのでしょうか……?」


私はその言葉に、一瞬息を詰まらせる。土を踏む足が重くなった気がした。


「その可能性もあるわね。ただ、すぐには動かないと思う」

「そう、でしょうか?」

「えぇ。……サザマーニュが医師だけにリンゴを配って、麻薬漬けにした理由は何だと思う?」


ヒポクラテスの質問に、質問で返す。

喋っている間に、昨日ワシや躑躅と邂逅した場所に近づいてきた。あと数分で到着というところだろう。


エメリンは質問の答えを考え込んだ後、口を開いた。


「医師だけにリンゴを与えたところがミソですよね。彼らを掌握するメリットは、ポリチェでの診療現場を支配下に置けること、でしょうか?」

「その通りよ。そしてサザマーニュの思惑通り、医師たちは支配下に置かれ――誰一人ポリチェの住民を治療しなくなった」


エメリンは、表情をこわばらせる。もしかしたら父親のことを思い出させてしまったのかもしれない。

謝ろうとすると、無理やり笑顔を作り「続けてください」と告げた。


「今、ポリチェはマシになったわ。町民たちは皆食べることが出来るようになったし、衛生面も改善された。だから病気が流行る前兆はない。

でも、少し前の状況のままなら病気が非常に速いスピードで広まっていた。その時医師が動かないとしたら、ポリチェは容易に陥落する」


そして、サザマーニュはロマン帝国に侵攻するための拠点をポリチェに置くことが出来た。広い土地を持つポリチェは、拠点として最適だ。病気で汚染されていることはネックだが、自分たちが罹患してしまった際は支配下に置いた医師を動かせばいいだけだろう。


「1か月前だったら、いつサザマーニュが攻め込んできてもおかしくなかった。でも今のポリチェは地力が戻ってきているし、病気が流行る気配もないわ。だからサザマーニュもすぐには侵攻しないと思う」


そこまで話して、私は自分の話に違和を感じた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。奇妙なほどタイミングがいい。


ロマンの辺境であるポリチェが弱体化したら、()()()()()()()()()()()()()サザマーニュは先手を取り医師を支配下に置いた。

今回だってそうだ――ロマンが奴隷産業を興そうと()()()()()()()()()()商品(奴隷)として最適な獣人族のもとへサザマーニュが侵攻してきた。


これは単なる偶然で済ませられるのだろうか。


同じ結論にたどり着いたのだろう、ヒポクラテスが険しい顔をする。


「あまりにも――サザマーニュ側にとって、都合がよく物事が動きすぎていませんか?」

「……」

「ポリチェの件も、今回の獣人族の件も……すべてがサザマーニュの掌の上のようだ」


エメリンがおそるおそる、口を開く。


「まさか……ロマン帝国に、サザマーニュのスパイが」


私はその言葉に、頷く。それが一番ありうる可能性だ。

「そんな」とエメリンの震える声が、場に落ちた。


しかし、正直その仮説に違和感は覚える。

そこまですべてを知り尽くしている人間なんて、数少ないのだ。


ポリチェの弱体化、という情報は誰でも得ようと思えば得ることが出来る情報だ。

しかし、「奴隷貿易をする」という情報はまだオープンにされていない。公式に発表したら批判が殺到することくらい容易に予想できるからだ。大義名分を得るまで、公表はしないだろう。


そしてもっといえば、その大義名分を得るために「獣人族をとらえる」ことを知っている人間なんて一握りだ。私だって、前世のゲームの知識がなければ知り得なかった情報だ。

皇帝バッハでさえ知っているかどうか怪しい。宰相テンペストはさすがに企てている張本人であるため、知っているだろうが――彼が裏切り者である可能性はかなり低い。ロマン帝国を守るためにポリチェを潰す覚悟をした男が、裏切り者だったら何も信じられなくなる。


そうなると、裏切り者の選択肢は二つ。

一つ目は、テンペストが情報を漏らした誰かがスパイだった場合。しかし彼ほどの賢さの人物が、不必要に情報を漏らすとは思えない。

二つ目は――仲間の誰かがスパイの場合。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、仮説は成り立つ。


チリチリと疑心が募っていく。疑いたくない。しかし、一番可能性があるのは私の仲間がスパイな場合だ。


恐らく私の心を読んだのだろう、燕はにやにやとしながらこちらを見ている。私は心にこびりついていく疑心を振り切るように足を進めた。


※※※


「――来たか、人間」

「来ないと思ったの?」


宙を旋回するワシにそう告げると、ワシは大きな声で哄笑する。

そして風を巻き起こしながら、彼は私の前に着陸した。


「小娘、約束の小指じゃ。ちっこいのう」

「うるさいわね。……でもありがとう。大事に保管してくれたのね」


小指を見ると、一切傷のついた様子がない。ワシは羽の奥で大切に保管してくれていたみたいだ。私は魔力消費を気にしつつ、小指をもとの位置へと戻した。


私と燕はワシの背中に乗り、ヒポクラテスとエメリンは部下の肩に担がれる。肩に担がれるのを当初嫌がっていた彼らも、今は素直に乗せられている。その様子に少し吹き出してしまった。


「小娘、わしの名はガイルだ」

「――へ?」

「お前の名はなんという?覚えてやる」


約束を守った私たちを、少しは信頼してくれたのだろうか。ガイルのその言葉に、私は嬉しくなりワシの頭に抱き着く。「何をする!」と少し怒られ、慌てて手を離した。


「私はマリアよ。ガイル、よろしくね」

「マリアか。悪くない」


ワシは、大きく翼を動かして空をかける。

昨日よりは加減してくれるようで、乗り心地もよかった。


はるか遠くに見えたロマン帝国の街並み。城が蜃気楼のようにうっすらと浮かんでいた。


この異世界に高い建物はない。城の最上階でさえ、前世の高層ビルにも満たない高さなのだ。

そんな異世界で初めて見る景色は、とても綺麗だった。


「貴方の視界は、とても綺麗なのね」


私のその言葉に、ガイルは何も答えない。しかし言葉に応えるように飛行高度は高くなり、ゆっくりと景色を見せてくれる。

上から見るロマン帝国やサザマーニュは、なんだか涙が出てしまうほど綺麗だった。


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