第13話 「地獄」の闇の深さを知る
少女がノックをするが、部屋の中からは何も音がしない。
しかし少女は声を張り上げた。
「ねえ、いるんだろ?出てきなよ」
「チッ!うっせーんだよクソガキ、来んなつってただろーが!!」
「や、やめてくださいロンダさん!」
ガタン!という荒々しい音と共に怒号が飛んできて、思わず肩が跳ねる。
急に開いたドアの向こうには、この町には珍しい肥えた中年の男と、眼鏡の冴えない少年がいた。
中年の男は少女を視界に入れて眉を吊り上げるが、私と燕を見た途端に顔を緩める。恐らく服装から、貴族と判断したのだろう。そして先程とは打って変わった猫なで声を出した。
「あらまあ、かわいらしいお嬢さんと綺麗な旦那様で。このロンダに何用でしょうか?」
「……少し、話をしたくて。お時間を頂けます?」
「えぇ、勿論ですとも。……オラ、お前はあっちに行け!」
「彼女もいっしょに。駄目でしょうか?」
少女を手で払うロンダにそうお願いすると、彼は口をひきつらせる。しかししばらくの沈黙ののち、顎のぜい肉を震わせながら「仕方ないですね」と言ってくれた。
「二人はこちらに。お前はきちんと汚れを落としてから入れ、この鼠が」
「……」
「ロンダさん、悪口は控えてください。彼女と私は友達です、私がお願いしてきてもらったのですから」
「はァ?このクソガキと友達なんで?……品性がおかしくなってもしりませんよ」
そう吐き捨てると、彼は背中を向けてキッチンへと向かう。どうやらお茶を用意してくれるようだ。私を含めた3人は眼鏡の少年の案内に従い、リビングへと通された。
どうやら診療所とはいえ、家と併設されていているからキッチンやリビングもあるようだ。私の知っている診療所とは違うが、この世界ではこの形態が普通なのだろうか。
居心地が悪そうに黙り込む少女の背中をさすりながらロンダを待つと、でかい腹をゆらしながらお茶を持ったロンダが現れた。
「これは私が手に入れた良い茶でね。異国から手に入れたものなのです」
「……そうね、いい香り」
この町とは不釣り合いなくらい、いい匂い。そんな感想を喉でつぶす。ロンダを睨み付けながら椅子に座る少女の背中を手で支えつつ、茶の匂いに頬を緩める彼を見つめた。
「早速本題に入りましょう。私たちがここにきた理由を説明します」
「えぇ」
「ロマン帝国皇女のマリア様はご存じで?」
「もちろん。それが何か」
「私は皇室のマリア様の遣いで、この地の調査を任されました。この地は、病気が流行りかねないと」
「ほう」とロンダは短く反応するが、その目つきは先程と比べて鋭くなる。彼の後ろに立つ眼鏡の少年は、驚いた表情をしていた。
「マリア様は6歳と聞いていたが、聡明ですな。それか――誰かに動かされたのか」
「どちらでもいいでしょう、そんなことは。病気の流行る兆候は?」
「……まだ、流行ってはいませんよ」
「まだ」――その言葉に、これから病気が流行るだろうことをロンダが予想しているのが分かった。
「最初の罹患者は出ているのですか?」
「いえ、本当に『まだ』出ていないのですよ。しかし、蔓延する環境が整っていることは危惧すべきですな。飢餓で増え続ける死体を回収する人なんていないし、衛生面は勿論日々悪くなっています。森も荒廃しているため野生動物まで町に出てきて、人間が動物に噛まれる事態も起きています。動物は病気を多く持っているものだ、感染するのも時間の問題でしょう」
淡々と述べるロンダ。これから起こるだろう地獄を眉一つ動かさず述べていく彼に、恐怖を感じる。背後の青年の手は、恐怖からか怒りからか、震えていた。
「でも、貴方の診療所は患者一人いない。死に至る病気がまだ流行っていないとはいえ、この町には苦しんでいる人がたくさんいるでしょう」
「そうですなあ。だからといって、私に何ができるのです」
ロンダは唇をなめ、私と目を合わせた。芋虫のようにぱんぱんに肥え膨らんだ指で机を叩き、言葉を吐き捨てる。
「きれいごとなんていらないんです。私は商売をしているんだ、金のない患者は客じゃないのですよ」
「……でもっ、」
「この町は、ロマン帝国の病巣だ。しかしその病気を発症したきっかけは、上流階級にあるんじゃないですか?」
「――」
「重税を課したのも、その重税のせいで田畑が荒れたのも、町民が食べれなくて飢餓で死ぬのも、衛生的に悪い街になって病気が流行るのも――すべて、上に責任がある。その責任をかぶってタダで奉仕するほど、聖人じゃないものでね」
責められる義理はないでしょう、という彼の言は、悔しいが正しい。私が黙ると、隣で静かにしていた少女が突然立ち上がった。
「アンタはっ……!人殺しだ!ただの人殺しだ!私の父ちゃんはを見捨てたんだ!そんなの医者じゃない、なんで心が痛まないんだ!!!」
「だから馬鹿は嫌なんだ。お前の父親を診察するのを拒否したのは、確かに俺だ。ただよく考えてみろ――なぜお前の家は、そこまで貧困だった?なぜ危険な仕事をしなければならなかった?
答えは、国がこの町を見捨てたからだろう?俺より、そちらのお嬢さんや旦那様が使えている皇室の方が『悪い』と思うがね」
「失敬、口が過ぎた」とにやつくロンダは、恐らく強力な後ろ盾があるのだろう。そうでなければ皇室の使いの前で悪口なんていえやしない。
少女は自然と流れた涙をぬぐい、引き留める声を無視して扉から出て行ってしまった。
「何一つ理解していない」と言われた理由が、分かった気がした。
※※※
「燕」
「なんだい?」
「私は――全然知らなかったのね」
診療所からの帰り道、燕にそう話しかける。燕はロンダとの話し合いの中でも、終始無言を貫いていた。
「何一つ見えていなかった。本を読んだだけで、分かった気になってた」
「……そうかもしれないね。マリアだけじゃない、皇室の人間全員が分かっていない」
「こんな地になってしまったのは、もとを辿ればこっちの責任。それを彼のせいにしようとしていた自分が恥ずかしい」
折れた靴が、自分の様に見えて情けない。
燕はしかし、軽率に励ますことはなかった。
「そう。――次は、何するの?」
「……嬉しい言葉だわ。『マリアは動く』と信じてくれているのでしょう?」
「……そうかもね。君は少しでも時間が空いたら城から抜け出すお姫様だ、期待しているのは否定しない」
「ふふっ、嬉しいわね。今日は夕飯だから帰るけど、明日また町に行くわ」
そういうと、燕は嬉しそうに三つ編みを揺らす。分かりづらいが、なんだかんだ信頼してくれているのはうれしい。
「もちろん、燕も行くでしょう?」
「仕方がない、お供しよう」
「助かるわ、魔術付与を使うつもりだから」
魔術付与が、恐らくこの町を救うには最適解だ。そう伝えると、燕は一瞬だけ固まり「へえ」と返答する。
そして帰り際、「覚悟しておいてね」という言葉を落とした。
※※※
「マリア!おっそいぞ、お前!」
「お待たせいたしました、お兄様」
双子の片割れ・ベルが食堂に入った瞬間声をかけてくる。
入ると、エイジも含めた3人の兄弟がすでに座っていた。
悪ガキ双子のベル・フリードリヒは「木偶と言わないように」としつけてから、きちんと名前で呼んでくれている。それと引き換えに毎日話す異国話も好評で、最近は彼らと仲良くなってきた気さえしていた。
少し駆け足で椅子に座る。するとエイジが声をかけてきた。
「お前、最近異国話を弟らにしているらしいな」
「えぇ。ご迷惑だったでしょうか?」
「いや。――僕も聞きたい」
「え、」
「僕も聞きたい」
ゲームでは冷徹にサザマーニュ国を侵攻するエイジが、私と同じ青い瞳を輝かせる。
思わず吹き出しそうになるのを我慢し、「もちろんですわ、お兄様!」と笑顔で答えた。




