第1話 OLは、大不幸に遭遇する
最後に見たのは、もう見えないはずだった雲一つない青空だった。どんな原理かはわからない。でも、その時確かに見えたのだ。今までの人生の中で、一番きれいな光景だった。
今井華、29歳。もうすぐ30になる歳だった。特別なことは人生に何一つ起きない、はずだった。
しかし25歳の時、一度目の不幸が私を襲う。商店街を歩いていた時に、通り魔にあったのだ。目の前に立った人物のすっぽりと被っていたフードからは、赤髪の束がこぼれた。明らかに堅気ではない空気に固まると、一瞬で距離を詰められる。
そしてその通り魔は、的確に眼球だけを狙ってきた。その後の記憶はない。それから私の世界からは、光が消えた。
気が付いていたら入院していた私は、家族が泣く声で目を覚ました。そこからは、家族にとっても私にとっても辛かった。両親は「可哀そう」といつも泣いていたし、妹は最初は心配していたものの、「役立たず」と罵ることが増えてきた。私の入院・治療資金がかかったために、妹の結婚資金に両親が援助できなかったようだ。婚約相手にも、結婚を保留にされていたらしい。妹は詳しく語らなかったが、およそ私が原因だとわかる。婚約者は盲目になってしまった私と親戚という形でも繋がりを持つことに、覚悟が必要だったのだろう。
「誰しも平等に差別せずに」なんて言葉でいうことは簡単だが、いざ自分の身になると悩んでしまう気持ちは理解できる。婚約者の判断を責められないだけに、妹に申し訳なくて仕方がなかった。
職業訓練をして働こうともしたが、なかなか雇ってくれる会社はなかった。家に戻るとより頻繁に妹は怒鳴るようになり、私を責めた。そして夜中、自己嫌悪からか泣いて謝ってきた。そんな妹の声を聴いて、私も泣いた。
妹に少しでも恩返ししようと、私は家族に内緒で外出した。外出自体は盲目になってもしたことがある。家族に内緒で外出したことこそなかったが、どうせ近くのデパートに出かけるだけだ。私は慣れた道をゆっくりと歩いた。
幸いにも、歩道に点字ブロックが付いている。杖でそれを辿りながら、なんとかデパートについた。
そして、来た道を帰ろうとしたときだった。
周りから小さな悲鳴が起こり、耳を劈くクラクションが鳴る。
大きな衝撃とともに、なぜか私の目は色を映した。
実際には見えていないのだろう。けれど、見えた気がしたのだ。
雲一つない青空。先程購入した紙袋が宙を舞う。
妹の好きな、サファイアのネックレスをなけなしのお金で買ったのに。あぁ、勿体ない。
これが人生で二度目の不幸。
車との衝突事故で、私は呆気なく亡くなった。
最期に目が見えるようになっただけでも、不幸中の幸いか。
いや――家族の姿さえ最後まで見れなかったなんて、なんて皮肉なんだろう。
29年間頑張って生き続けた私の人生は、今日で幕を閉じたのだった。




