クリスティーナ
アロン達が住んでいる街の南に位置する丘陵地帯。あそこは南からこの町への行商に来る為に必ず通るすごく重要な貿易ルートだ。そこにとある原因によってトラプルが起きた。だから冒険者ギルドでクエストが出されてアロンとメリッサはそのクエストを受けて丘陵地帯にやって来た。
「フっフ……っ。受付さんが言ってた二日と違って……まさか目的地に到着するのに四日掛かるなんて……。」
南の村への道標の前に立ってそれを見上げたアロンはつい弱音を吐いちゃった。
「それは馬車を乗る時ですよ。でもいつもの活動地域の平原と違ってこの辺りは上り坂と下り坂が多いですから歩くのすごい大変ですね。」
「それで?クエストの内容は何だっけ?」
アロンに聞かれてメリッサは鞄からクエスト内容が載っている紙を取り出して依頼主の要望を確認した。
「えーっと……最近このあたりのコボルト集団の勢力が急激に増えて行商支障が出るほどのレベルまで達したからやつらの数を減らせって。」
「分かった。君は大丈夫か?今回はいつもと違って人型の魔族だよ?」
「平気です。それにコボルトは魔物で魔族じゃないですよ。」
「えっ!?違うんの?ていうかこの二つの単語は同じじゃなかったの?」
「はい。」
「どこが違うんだ?」
「理知的の方が魔族でその逆が魔物です。例えれば魔族ってのは人族やエルフなどみたいに会話も出来るし、外見を考えないとアロン達との区別が付かないと思います。その逆に魔物は動物と同じ類です。ですから魔族の前に魔物と呼ぶと大変な事になりますよ。特に貴族様達の前で。」
「なるほど……えっ?!貴族?」
「アロンさんなのに分からなかったんですか?」
「その国文なんかおかしくない?まぁ……オレ達人族や他の種族は魔界で住んでいる魔の者を皆魔族や魔物で呼んでるが二つの単語は同じ意味なんだ。だからそれは君達にとって違う意味ってことは知らなかったんだよ。」
「ちょっと意外ですね。」
「どっちが?まぁ……次から言葉に注意を払う。さっ、クエストに戻るぞ。」
「はい。」
「よしっ。この辺で引き上げようか。」
アロンは自分の剣を縦に振ってその上に付いた血を振り払う。
「はい。でも思ってたよりコボルトの数は少なかったじゃないですか?これでしたら別に商隊の護衛だけで手に負えないわけでもないと思いますが……。」
「そう言われて見れば……そうかも……。」
「おや?これは奇遇じゃないか。アロン。」
メリッサに言われて思考に入っているアロンがその冷たさと少しのだるさが交わった声に触れ、彼は反射的にその声の源を辿って声の持ち主を振り向いた。
そこは肩まで伸びているボサボサな黒い髪に同じく黒い色の眼帯を付けている女性が薄く笑って立っている。彼女は金属製の篭手をつけている手を挙げてアロンに挨拶した。
その女性を見たアロンはチラッとメリッサの方を見る。彼女はその女性の後ろにいたサクンを睨んで顔を強張っているのを感じた。それに拳も震えさせるくらい力強く握っている。村を廃墟にした怒りを我慢しているように見えた。いつサクンに切り掛かって二つにしてもおかしくない所だ。
「何だ。あの小娘?なんかこっち睨んでるみてぇだな。」
サクンもそれに気づいたそうだ。警戒の眼差しをメリッサの方に移動して彼女に近づこうとした。
……が、その女性がサクンを止めた。
その時アロンは手をそっとそんなメリッサの肩の上に置いて冷静を取り戻させる。メリッサははっと我を取り戻し自分の気持ちを抑えて冷静させた。気づかれるわけにも行かないからだ。そしたら向こうから言葉が飛んで来た。
「アロン、久しぶりね。」
「……やぁ、クリスティーナ。久しぶりだな。何でこんな所に?」
「お前もそのクエスト受けただろう?当然、コボルトの殲滅のためだ。」
それを言いながらクリスティーナはゆっくりとアロンの前まで歩いて彼の隣にいたメリッサに声をかけた。
「あら……これはこれは噂になってるアロンの新しいお仲間か?顔は見えないけど可愛い子ってことは感じるよ。」
なぜかクリスティーナがにんまりの笑いをした。
「ええ……まぁ……。」
「クリスティーナだ。よろしくな。」
彼女はメリッサの前に立ち、彼女に手を差し伸ばした。
「……よろしくおねがいします……。」
メリッサが躊躇しながら差し伸べた手をクリスティーナが素早くかつ力強く握り返して自分の手前に引き寄せる。そして彼女はメリッサの前に顔をすごく近付かせてジロジロ彼女を見渡った。
彼女のその勢いにびっくりさせられたメリッサは手を引いて距離を取るつもりだったがクリスティーナに強く握られて離れない。
「……どういうつもりですか。」
「いいや、別に。ただなんでアロンがこんなやつを被らせるのかを気になっててね。なんかわけありの臭いがするだなってとても興味深いなんだ。ねぇ、いいだろう?その笠を外してちょっとみせても。」
「それは遠慮しておきますっ!!」
無自覚にメリッサは慌てて自由の方の手で笠を押さえた。
「やめないか。クリスティーナ。」
アロンは二人の間に入って彼女を止めさせる。
「なんだ。別にいいだろ?減るもんじゃないし。」
次の言葉を続けようとするクリスティーナは顔が一変して険しい顔になった。周りの空気もなんか濁ってきた。
「……それとも彼女はやっぱり訳ありで何か人に言えない事情でもあったか?そう。例えば彼女の正体、実は下等な魔物だったりして……」
クリスティーナからの雰囲気がどんどんドス黒くてドロドロな感じに変わって行った。彼女がこれから喋った言葉にアロンとメリッサは思わず顔を強張ってしまった。
「私はサクンから聞いたんだ。去年狼人間討伐のあの日、お前にあってたってな。その時ちょうど一匹の殺し損ねた小さい狼人間を探す途中でね……君と会ってからあいつの手掛かりもなくなった。お前何か心当たりでもあった?」
今度、クリスティーナはアロンに迫って来た。
さっきの動揺から立ち直って冷静を取り戻したアロンは非常に近く迫ってきているクリスティーナに両手を胸の高さまで持ち上げて自身の弁解をした。
「知らないよう。そいつがお前達の手からうまく逃れたって事じゃないか?あの森の事だ。見失う可能性が高いと思うよ。あの日、確かサクンとあったけど、あの時オレはただ地図の作成クエストをやるためにあそこにいてついでに採取とかやってただけなんだ。……彼女は森を出てその帰り道で魔物に襲われた行商の商隊の残骸の中に見つけたんだ。それで彼女を助け出した後行く場所があるかどうか聞いて行く場所がないって言ったから一緒に行動するようになった。それだけなんだよ。」
「それなら何故あの変な笠を被らせた?別にいらないでしょう?」
「それは彼女の顔にひどい傷を負ってしまって完治する時大きな傷跡が残ってしまったからだ。彼女が人に見られたくないって言ってたから被らせたんだ。つーかそろそろ彼女の手を離してもいいだろ。いつまで握るつもり?」
「……わかった。」
クリスティーナがメリッサを握っている手を離した途端、彼女から放った危険な雰囲気が嘘のように綺麗さっぱりなくなって消えた。
開放されたメリッサは素早くアロンの後ろに匿った。彼女に驚いたかもしれない。クリスティーナはそんな彼女に興味を失ったみたいに目も配ってないでアロンに話しかけた。
「そうだ。うちの偵察はコボルトの巣穴を発見した。明日はそこを強襲する予定だ。以前偶に一緒にクエストをやるし、最近になってなかなか組む機会がなかったし、どうだ?久しぶりにパーティーを組まないか?」
「は?その前にクエストはそこまでしろとは言ってないはずだぞ。そんなボランティアみたいな事はするヒマがないんだよこっちは。」
これ以上絡まれるのはまずいとアロンは判断してそう言って断ろうつもりだが。
それを聞いたクリスティーナは理解できない顔をアロンに示した。
「お前、何を言っている。下等な魔物は一匹残らず殺し尽くしてやるべきだからここはこころよく引き受けるだろう?」
ふと彼女はなにかを理解したみたいにぱっと一回拍手した。
「……そうか、分かった。コボルトを倒した戦利品の分け前はお前らが七って事で。これで文句ないだろう?」
「いや、だから――。」
アロンはまたその誘いを断ろうと試みたが言葉がクリスティーナに遮られた。
「決まりだね。明日ここで集合するから遅刻するなよ。」
その言葉を残してクリスティーナは二人に背を向けて手を振りながら自分のパーティーメンバーを連れてそこから立ち去った。
残されているアロンとメリッサは呆れながら少しの間にそこで突っ立っていた。
「……どうします?」
暫くしてメリッサはアロンに顔を向けて質問を投げた。それに答えてアロンは手を額に当てながら息を吐いた。
「……やれやれ、とりあえず野営の場所を探そう。」
パチパチ燃えている焚き火を囲んで二人は今日コボルトとの戦闘でやられた武器や防具を外して修理と整備を行った。
アロンは自分の兜を手に持っていて兜正面の右側の凹んだ所を内側から小槌で叩いて直そうとしていた。
「フ……これは兜がなきゃあ絶対に死んでたよな……危ない危ない。」
「そうですね。まさかあそこに待ち伏せに合うとは……。」
「本当だな。あの時、フォローありがとう。不意打ちに食らって衝撃から立ち直るまでの時間はメリッサが守ってもらったお陰でこれ以上追撃にされずに済んだ。」
「いいえ、無事で何よりです。それに明日はどうしますか?行きます?行きません?」
「ん……それは君が決めてくれ。クリスティーナの誘いに乗って参加するか。或は無視するのか。あっでも無視したらこっちがやましいことを抱えているのが間違えなく相手に伝わるな……。」
「……。」
それを聞いたメリッサは目を半眼にして焚き火を見つめた。
「だったらクリスティーナの誘いを乗って、そして隙を見つけて親と村人の仇を取るってのはやめた方がいいよ。」
彼の言ったことに何か反論を入れたいメリッサにアロンは右手をあげて彼女を遮った。
「言いたい事はわかる。別に復讐の考えをやめろというわけじゃない。ただ今の君にはそれが出来ない。それだけの事だ。」
「止めたりはしないんですね。クリスティーナさんが言ってましたよ。偶に一緒にクエストをやるって。昔の仲間が私の手によって殺されるかもしれませんよ。それも魔族の私の手で。いいんですか?」
「別に。今日は仲間、明日は敵同士ってのは冒険者の中には良くあることだ。こういう殺し合いはお互いの利益や因縁に関わるとよっぽどね。それに彼女が以前一緒に組んだ事があると言っても俺はそうとは思ってない。大型クエストをやるとき良く同じ小隊に編成されるだけのことだ。大型クエストは報酬がとっても美味しいから多くの冒険者達が参加するのだ。だから勘違いしないでほしい。」
「……はい。」
「うむ。だからオレに気を使わないでいい。」
「分かりました……。」
「で?明日は行く?行かない?」
メリッサは頭を俯いて長考に落ちた。アロンは静かにそんな彼女を待っている。暫くしたらメリッサは頭を上げてアロンに答えを話した。
「行くしかないと思います。行かないと相手に疑われるから。それに今は彼女達に復讐できないとしても相手の腕前を前もって知っておけばためになると思います。」
それを聞いたアロンは膝の上を叩いて声を上げた。
「っよし!分かった。それでいいと思う。」
そしたらアロンは修理が終わった兜を自分の右側の地面に置いて、荷物の中から毛布を取り出してメリッサに渡した。
「そうと決めれば早く休憩しよう。オレが先に見張ってあげる。」
「あっ、いえ。まだ手元の作業が終わっていないのでアロンさんが先に寝てください。先に見張り役をします。」
「……分かった。お休み。」
「お休みなさい。」
手元の作業に戻ったメリッサを見ながらアロンは毛布で自分を巻いた後まぶたを閉じた。
一方、時間を遡ってアロン達と別れた後クリスティーナ達はその発見したコボルトの巣穴を攻略するために近くの村に行って二人の新入りを迎えた。
彼女はさっきメリッサと握手した方の篭手を抜いて地面にぶつけた。明らかに現れた嫌悪感を示した顔で呟いた。
「汚らしい。おい、予備のやつは持ってきてるな。」
「もちろんじゃ。」
その二人の中に一人が素早く荷物の中からクリスティーナの予備の篭手を見つけ出して彼女に渡した。
クリスティーナは渡された新しい篭手をつけた。
「アロンが連れてるあの子はどうだったんっすか?何か分かったっすか?」
ガイオに聞かれたクリスティーナはギョロっと残した隻眼で彼を睨んだ。
「アロンはそう言ったが更新されたサクンの報告をあわせて見れば明らかに嘘を言っていた。それにあの日、確かに魔物に襲われた商隊があったが、あれに会ったのは私達の方で私たちが助けてあげた。加えてあのガギの手を握って私があんな事を言った時あいつの手から緊張と焦りが感じてた。」
「というと?」
「ああ、あの子は間違いなくあの時逃がしたガキだ。」
「じゃあ、明日アロン達とコボルトの巣穴に攻める時ついでにやっちゃうっすか?」
「そうしたらあのアロンが見過ごすわけねぇじゃねぇか。」
隣で二人の会話を聞いていたサクンがガイオに反論を入れた。
「そうだ。今はいい。彼女は暫く泳がせるとしよう。フフフ……楽しみだな。」
それを言っているクリスティーナは邪悪な笑みを顔から浮かび上がった。