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 朝になって上ってきた太陽の光が完全に閉じていない窓の隙間から漏れ落ちた。その光は帯となってアロンの顔面に貼り付いた。


 「う……っ。」


 アロンはそれを避けるために体を翻ろうとしたがなぜか体が思うのままにうまく動けない。何かに拘束していたみたいだ。

 さらになんか脇腹辺りから暖かくてものすごく柔らかい物に当たっているような気がしたからアロンはそこに視線を移動して原因を探ろうことにした。彼の目に入ったのは自分の体を抱き付いたまますやすやと穏やかな鼾で寝ている少女だった。


 「ったく……だからオレは抱き枕じゃないって……。」


 あのクエストから数週間が経っている。その間に二人は毎日朝からギルドに行ってクエストを受ける。そしてそれを完成したら町に戻る。すでに二人の日常に成りすましたって言っていいだろう。

 メリッサも最近になってなんかすっかりアロンになついているようで前よりもっと朗らかになっていてアロンの事に対しても信頼してるようになっている。その証拠が彼女からもっと自然に接してくれるようになっている事だ。


 (やれやれ……。)


 「ほら、もう朝だぞ。起きて。」


 アロンは自分を拘束しているメリッサの背中を軽く叩いて彼女を起こそうとしている。


 「ん……っ。」


 しかし彼女はただ呻っただけでまた眠りに付いた。アロンはそんなメリッサを見て思った。


 (……この間初めて気づいたがこいつ体がなかなか肉付きが良くなっていたな。最初に会った時はあんなにちっちゃいなのに……。)


 そう思いつつアロンは目線を自分の脇腹の辺りに運んでそこを貼り付いている暖かくて柔らかい物に移す。

 ……が、すぐにそこから逸らした。


 (ってオレどこに見ようとしてたんだ。まったく……。)


 自分にそう言い聞かせたアロンは突然ある違和感を感じた。


(ん?それにしても成長はちょっと早くない?……ん?)


 もう一度確認を入れようとアロンはもう一度メリッサに視線を運んだ。その時ちょうど彼女が目覚めてアロンの視線を感じて見帰した。


 「おはようございます。」

 「……おはよう。」


 アロンの体を解放して起き上がったメリッサにアロンはクレームを入れた。


 「ていうか、何でまた抱き付いてきた?ちょっと重いんだが。」

 「重くなんかないですよ。」


 メリッサはまだ眠気が付いた目を揉んで唇を尖りながらそう言い返した。


 「なんかこうしているとすごくほっとするからついしてしまったんです。」

 「……じゃあ……仕方ないか。」

 「はい。」


 なんとなく納得されたアロンはしょうがないなって呟いて一息を吐いた。そして頭を掻きながらベッドから降りてきた。

 朝の床はとても寒い。その床に触れないようにアロンは自分の靴を取って来て素早く履いた。

 靴を履いた彼は立ち上がってまだベッドの上に座り込んだメリッサに振り向く。


 「さてと、そろそろ準備してギルドに行くよ。」

 「分かりました。――しかし今日はあれが出てこなければいいんですね……。」


 何か思い付きメリッサの顔はすこしだけ曇った。


 「ああ……そうね。ここ最近いつもあれに付き纏っているだよな。本当にうんざりだ。」

 「何とかならないですか?」

 「大丈夫。対策はすでに打っている。」


 そう言いながらアロンは窓の隙間を通して外の街を覗き見た。





 ギルドまでの道のりは大通りから一つ離れているから今この時間は街中の通行人は少なくてとても静かだ。春はまだまだ続いているから朝の空気はすごく冷たくて口を開けばそこから白い煙が出てしまう。二人は家から出てその通行人達の行列に加わってギルドへ向かう。

 アロンは吹いて来た寒い風に自分のローブの襟元を整えてからそいつらをもっと胸に引き寄せた。さらにローブについたフードも立たせて頭に被ることにした。そんなアロンはただケープを被っているメリッサを見る。


 「……君は平気なのか?」

 「はい。なんか最近だんだん寒さに慣れて来ているみたいです。今はこのくらいがちょうど良くて涼しいです。」


 魔族って順応性すごいな。こんなに環境に対して強いなのか?或は狼人間の特別な能力の何かなのかってアロンは心の中で呟いた。

そうやってあれこれ考え込んだアロンは袖口が引っ張られた。引っ張られる側を目をやるとメリッサが少し頭を右に傾いていて視線を後ろに向いたのに気づいた。


 「やっぱりまたつけて来ているようです。」

 「は……本当に困ったやつだ。」


 あのクエストが終わってから数日経ったころ、アロン達は家から出かける度にいつも後ろから誰かに見られているのに気づいた。

 しかし二人は理由を良く考えてもピントこなかった。自分達は恨みを買ったり、誰かに目をつけられるような事はしていないはず。唯一可能性のある原因は誰かがメリッサの正体を知ったって事くらいだ。でもそれならわざわざ尾行するような真似をしなくても賞金のため、或は自分の魔族に対しての憎悪や教会への信仰心のため直接暴いて来るはずだ。

 しかしアロン達はあの尾行しているやつを捕まえようとしても、あいつはすぐにアロン達から逃げた。その足はありえないくらい速かった。策をもってやっと追いついたとしてもあいつはいろんな道具を使ってアロン達の手から逃れる。

 そういうわけでやつを追い払われない、加えて追いつかない、追いついても捕まえられない。だからそいつを今日まで放置してきたわけだ。


 「でもそれも今日でお終いだな。」

 「さっきも言ってましたね。何かいい方法でも見付かりましたか?」

 「ええ。そうだ。まぁ、クエストから帰ってくる時教えるよ。」





 クエストを終えて二人は冒険者ギルドに帰って来た。受付で報酬をもらって一日の終止符として打った。

 そのまま家に帰ろうとしたメリッサにアロンは声をかけた。


 「ちょっと待って。忘れたか?」

 「何の事ですか?」

 「今朝言ったろ?あのストーカーを何とかする方法があるって。」

 「あっ、そうですね。忘れちゃいました。」

 「これからある人と会う予定があるから二階のテーブル席に行こう。」


 それを言ってアロンは先に二階への階段を上って行った。そして二回の隅にあるテーブル席に腰を掛けた。メリッサもアロンの後ろに続いて彼が座っている位置の向こう側の席を取った。


 「それで?誰かと会いますか?」

 「まぁ、そんなに急かさないでその人がこればすぐ分かるから。」

 「一体なんのつ……っ。」


 メリッサは急に言葉を断った。なぜならその時後ろから聞き覚えのある自信満々げの声がメリッサの耳に伝わって来た。


 「御機嫌よう。ずいぶんお久しぶりだですねぇ。」


その声に触れてメリッサはビクッと体が一瞬だけ硬直した。その後アロンは彼女が顔をしかめて自分を見るって事を感じた。それに対して彼はただそれを苦味の含めた笑いで流してやった。


 「ああ、本当に久しぶりだな。ベシア。」


 ベシアはアロン達がいるテーブル席まで来てメリッサの隣の席で腰を下ろした。彼女が座ったところを見てアロンはおどおどしているメリッサに説明を始めた。


 「前は君に言ってたと思うがオレは偶にベシアに頼んで特別の魔道具を作ってもらってる。彼女はレンジャーだけどハイエルフだけの事があって作ってくれた物はとっても使い加減が良くて効果もなかなかな物だ。だから作りたいものがあったらいつも彼女に頼んでいる。」

 「そうなんですか……。」


 メリッサは理解を示したがなんだかまだ腑に落ちない様子でいた。


 (仕方ないか……。初めて会った時ああなんだからね。事実、そんなんのせいで何人もの冒険者もそれで彼女から距離を取っている。)


 「そう。そういうわけで今回もベシアに頼んでオレ達を付け回っているやつを追い払う方法を考えたんだ。」


 アロンの説明が終わったと見てベシアはアロンの言葉の後を続く。


 「それで今日はアロンさんとここで落ち合う事にしました。しかしアロンさん、今回の品物は少しばかりややこしいでねぇ。材料の調達と調和や媒介の準備とかがすごく手間が掛かりました。ですから追加料金してもらいますよ。」

 「仕方ないか。……じゃあこれでどうかな?」


 アロンは一つの金袋を取り出して中からいくつかのこの地域で流通している神聖銀貨を取り出して自分のポケットに入れたら残りのを袋ごとベシアの前に押し出した。


 「うむ……これでいいでしょう。フフッ、これはこの私が作った物よ。効果と質は外で売ってるやつより優れててきっと文句言えないですよ。」


 その金袋の中身を確認して自分の懐に納めたベシアは自慢げにそう主張した。そして掛けているショルダーバッグから褐色の布で包まれているなにかを取り出してテーブルの上に置いた。


 「それは?」


 メリッサの質問に答えてベシアはそれを包んでいる布を取り除いてそこはいくつかの小さなガラスで出来ている瓶が並んでいる。その瓶の中には牛乳の色をしている液体が入っている。


 「これはねぇ、外も売っている飲んだら正体が隠せるお薬ですよ。つまりいわゆる認識阻害の効果が持っているお薬さぁ。しかし私が予め作り直してあげたから効果も継続時間も上がって普通の探知系魔法や魔道具では見つかりませんよ。」

 「へぇー、なんか見てて牛乳みたいで美味しそうだ。普通じゃあ土の色をしてて見てだけでまずそうってのに。」

 「そうだと思いまして色をつけておきました。味は外のやつとはあまり変わらないけれど。」

 「外のやつはどんな味がしますか?」

 「ん……そうねぇ。その土の色とぴったりの土の味ね。おまけにどろどろの食感で本当に泥水を飲んでいるみたいですよ。」


 それを聞いてアロンとメリッサは少し難しい顔でテーブルの上においている薬を見た。


 「で、この薬はどれだけの時間が持つのか?」

 「一本付きおよそ一日かねぇ。」

 「味方の見分け方は一般のやつと同じなのか?」

 「いいえ。それは無理ですね。」

 「じゃあどうしますか?」

 「それはねぇ。こいつの出番って事。」


 ベシアはまた自分の鞄から二つの腕輪を取り出した。二人の視線はその腕輪に集中する。


 「これは何か特別な力でもあるのか?」

 「いや、何にもありませんよ。ただの腕輪です。」

 「じゃあどうやって……?」


 「フフッ、この中に私の魔法を取り付つかせますよ。」

 「魔法の付与って事!?」

 「そうなりますねぇ。これから始めるから少し静かにしててくださいねぇ。」


 二人が頭を縦に振るのを見てベシアはゆっくりと目を閉じて凛々とした声で呪文を唱え始めた。


 『蜃気楼(しんきろう)()()(ゆが)影法師(かげぼうし)(ひかり)(あそ)(まぼろし)(ゆめ)……』


 実際に見てないが、ベシアの体からなんかオーラみたいな光が浮き出すような感じがした。それが魔力という力の波動かもしれない。こんな近くて魔法の発動現場を見るのはメリッサには初めてだった。


 『精霊(せいれい)(わたし)(こえ)()(ねが)う。者者(ものもの)()(きり)から(まも)れ。』


 詠唱が終わった後ベシアは目を開けてその魔法が宿っている二つの腕輪を二人に渡した。


 「これが魔法ですか……。不思議な感じがします。これはどんな魔法なんですか?」

 「これを付けている人はお互いが認識できます。それ以外の人は認識阻害の効果がそのままです。ちなみに外せば認識阻害の効果に影響されて相手がわからなくなりますよ。」

 「この探知魔法や魔道具の類は俺の知る限りすべて範囲系じゃないか?個別にだけ効果が発揮するタイプもあった?」

 「何を言ってますか?それはないに決まっているではないじゃないですか。これは私がアレンジした魔法に決まってるでしょう?」


 アロンは呆れたって顔をドヤ顔のベシアを見る。


 「あ……そ、そう?それって物凄いじゃないか?ベシア、君はやっぱりレンジャーなんかやめて魔術師に戻ればよかったじゃないか?魔法はより前に進むと思うが?」

 「いやよ。なんで学院の先生が私に言った事を言いますか?魔法に関しては何でも簡単に出来ちゃうからつまらないですよぉ。今の方が楽しいですから。」


 ベシアに睨まれたアロンは分かった、分かったって両手を胸の高さまで挙げて負けたのポーズを取って彼女を宥めた。


 「これは時間の制限とかありますか?」


 メリッサは腕輪の一つを持って目の前まで持ち上がった。そしてそんな質問をベシアに聞いてきた。


 「これはこの私が自ら手に掛けた魔法ですのよ。そんな物当然ありません。大気の中で流れる魔力で魔法の構成が崩れないように勝手に魔力の補充をします。ちなみに一般の市販のやつにも効いていますよ。」

 「それはありがたい。ベシア。この薬と腕輪があればあのストーカーはオレ達の後ろに付けなくなる。本当に助かった。」

 「なぁに、別にいいですよそんなの。このお薬は二週間くらいの分があるからその内向こうも諦めるでしょう。」





二人は冒険者ギルドから出て帰路に着く時に外はもうすっかり黒くなっている。照明のため街のあっちこっちに松明が置かれて周りを照らしている。思ったより時間を掛かっちまったようだ。

 家に帰ると思われる人々は街中行き来している。二人はアロンの家の方向へ向かって歩き出した。

 沈黙が続いている二人の間にまずはメリッサからそれを破った。


 「これでようやくあのストーカーを振り切れますね。」

 「ああ、でもこんな面倒くさい手間を取るとは。」


 アロンは手につけた腕輪を見てそして少し揺らしてからため息を吐いた。


 それからアロン達はそのポーションとベシアからもらった腕輪を使って以来あのわけが分からないストーカーはすっかりいなくなってようやくそいつから解放された。


 「結局、一体何のために私たちをつけているのでしょうか?」

 「さぁ、ただの頭のおかしいやつじゃないか?最初は君が目当てだと思っていたがそうでもないみたいだし。君が目的だったらすぐ人を集まって君を捕まえに来るはずだからな。」

 「ん……そうだといいんですね。」


 メリッサはまだ何かに引っ掛かって納得いかないでいるがこの後自分に大丈夫と言い聞かせて考えないようにした。

 それから数日後アロンとメリッサはクエストのために町から離れてその南に位置する丘陵地帯にやって来た。

 そこで思いもしなかった一団と遭遇してしまった――


 「これは奇遇じゃないか。アロン。」


 その冷たさとすこしのだるさを交じり合った声がアロンの背中を硬直させた。


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