ひったくられる
昼食を済んだ二人は店から出てきて、アロンはメリッサに振り向いた。
「メインの用事も済んだし、また他のところを寄っていかないか?朝、小道具家ばっかりみていただろう?もっと他の物を見ようか?」
メリッサも興味があるみたいで頭を縦に振る。
「それじゃあまずはそこから行こうか。」
アロンは道の向こうで衣服類を売っている店に指差す。
「何着の服も必要だしな、いつ経ってもオレの上着をフリルワンピースにしてきるのもいやだろう?」
「ウン、ニオイガスル。」
メリッサは着ている服の襟を掴み挙げて嗅いでそう言った。
「それは言わなくていい……。二度嗅ぐなって!」
もう一度嗅ごうとするメリッサにアロンは顔をしかめて止めた。
(ちゃんと確認して渡したのに……。狼人間って鼻はいいな。)
頭を掻きながらショックを受けていてアロンは少し肩を落としてこっそり考えた。
服屋に足を運んで店を入る。店員さんと思われる人が出迎えてきた。
「いらっしゃいませ!いろんな服がありますよ!」
店員さんは笑顔でアロンに挨拶した。
「何かをお探しですか?」
「オレじゃなくてこの子の服を探したい。」
アロンはメリッサの背中を押して前に出させた。
「分かりました。えっ……と……、男の子ですか?」
店員さんは困惑した目でメリッサを見る。
(無理はない。彼女はまだ子供だし、身体的特徴はまだ現れないだろうし。加えて、オレの服を着させて上にマスクも被っているからな。)
「この子は女の子だ。」
「はい……。分かりました。ではこちらはどうですか?」
店員さんは何着の女の子の子供着をアロンたちの前に広がって陣列させた。
「好きのを選んで行って。」
アロンに言葉をかけられてメリッサは目の前に陳列した服を見る。彼女が服を見ている間にアロンは店員さんに声掛けられた。
「お娘さんはなんでマスクを被っていますか?」
「娘じゃない。彼女の顔にひどい傷跡があってからだ。その傷跡を彼女が人に見られたくないから被っている。」
「それにしてもずいぶん変わったマスクですね。」
「えーっまぁー。」
そこについてはアロンなにも言えない。彼もそう思うだからだ。
「彼女に何がありましたか?」
「ええ、森の中で迷子になっている彼女を魔物に襲われていたとき偶々に通りすがって助けた。ご両親はすでに魔物に食っちまったそうだ。」
嘘だがってアロンは心の中に呟いた。
「それは気の毒に……。」
店員さんは口に手を当てて顔をしかめてメリッサの遭遇に同情を見せた。
「だから今はしばらくオレが彼女の面倒を見ている。」
「そうなんですか……。」
二人の会話がここで一段落した所にメリッサは服を選んだみたいでこっちに歩いてくる。
「決めたか?じゃあこれでお願いする。」
「分かりました。この中すぐに着替えるものはありますか?」
メリッサはその中の一着を選んで店員さんにあげる。
「はい。ではこちらで着替えてください。」
店員さんは試着室のところを案内した。
「そういえば、お客さん。最近町の中にスラム街の子供達が群れていて他の独りになった子供からお金になれるものを奪う事件があっただそうですよ。」
「本当に?」
「はい。」
店員さんは頭を縦に振って続いた。
「その子はこの町の住人ではないでしょう。だから町の道が分からないと思います。今外の大通りはすごく込んでいる時間帯だからなおさら気をつけないとって思ってお客さんに話しました。」
店員さんは最後に一言を付き加えた。
「それにそのマスクは変わった仕様をしているけれども、目につけられやすい品物と思います。」
「確かに……ありがとう。」
話が終わって、服を着替えたメリッサは試着室から出て来た。
「じゃあいこうか。」
アロンはメリッサの手を握って店を出る。
「ありがとうございました!」
午後の大通りは朝より人込みが一層増えて来ている。たくさんの人が行き来していてすごく賑やかで誰が何を話しているか、屋台や店のオーナー達は何を呼び売っているのかはほとんど分からない。皆の声が一つになっている感じがする。アロンはメリッサと手を繋いで人込みを捌きながら進んでいる。
「今日人がやけに多いな。離れないように気をつけて。」
「ナンテ?」
メリッサは場がうるさくて良く聞こえないでしょう。加えてまだ言葉が十分に理解していないせいでアロンが何か言ったかメリッサは理解に及ばなかった。アロンは彼女を自分の所に引っ張って声を大きめにしてもう一度言った。
「離れないように気をつけて!」
「ハイ。」
今度はしっかり聞けただろう。メリッサから了解の返事が来た。
「よし。この交差点を通ったら多分人が少し減ると思う。」
しかしこう言った後、交差点を通る時にメリッサは向こうから来た大きい男にぶつかって衝撃で弾けされてしまった。
「いたっ!」
「どこ見てるんだ、ボケ!」
「メリッサ?!」
アロンはすぐに振り向いてメリッサを捉まろうとするが、すでに間に合わなかった。メリッサはすぐに混雑している人込みに連れ去って消えて行ってしまった。
(彼女を一人にするのはまずい。早く探さないと!)
メリッサを探すため、焦っているアロンはたくさんの人を掻き分けながら彼女の消える方向に進んでいく。
メリッサはアロンと離れてやっと人が込み合っているところから脱出できたけど、迷子になってしまった。目の前に広がる街道は薄暗くてあまり人が通っていないって事を主張している。
「ここどこ?」
呟きながらメリッサは戻る道を探そうと歩き出した。街道の両側の建物の見た目はアロンが住んでいるところと同じ、そして二階の所は建物と建物の間に縄が結び合っている。その縄の上はたくさんの服が干されている。だからここは住宅区だろうとメリッサは思った。しかし歩けば歩くほど街の雰囲気がより深く不気味になって行くに連れ、周りの建物もだんだんボロボロになっている。
メリッサは自分が多分入っちゃいけない所を入ったと思って足を止めた。
「引き返った方がいい……ですね……。」
自分に言い聞かせ、メリッサは踵を返してもとの方向に戻ろうとして振り返る途端、目の前に一人の体の大きい子供が視野を遮った。彼の回りは四人くらいの連れがいて皆険しい顔をしている。
「お前、どこの子供だ?ここ最近物騒そうな話聞いてないか?それともただの危険しらずの間抜けか?」
「っ!?」
目の前のリーダーらしき体のデカイ子供に驚かせてメリッサは一歩後ろに後退した。
「おい、見ろよ。こいつ面白いマスク被っているぜ。それに服もまだ新しい。脱いで売りに行かない?」
「でもあのマスクのデザインはなんか不気味だぞ。売れるんっすか?」
「そんなことはどうでもいいよ。せっかくの鴨が目の前に飛び降りたんだ。兎に角脱いで損はないんだよ。」
「そうだ。それに最近俺達の事噂になっててろくな稼ぎはないんだ。」
リーダーらしき子供の後ろにいた他の子供達は何を喋ったかはほとんど聞き取れないがすごく良くないことを企んでいるって事だけが火を見るように明らかだった。メリッサはまずいと思って急いで振り返て逃げようとするが、手がそのリーダーらしき子供に引っ張られたから体の重心が崩れて尻餅ついた。
「ッ!」
「鴨を逃がすと思う?」
子供のリーダーがメリッサを上から見下ろすと同時に後ろの子供達が彼女を囲む。
「おいおい、逃げんなよ。俺達のお小遣いはお前に頼るぜ。」
「そうそう、だから大人しくして脱がせてくれ、よ!」
「ヴッ!?」
尻餅ついているメリッサは子供の一人に蹴られて地面に倒れた。
「やめてよ!服に傷がついたらどうする!」
「イ…イタイッ……。」
「こいつ訛りがあるぜ。他所の所から来たじゃないっすか?」
「それなら好都合じゃないか。ここでの出来事を衛兵に言おうともうまく言えないし。」
「お前達ゴチャゴチャ喋らないで早く事を済んだらどうだ?」
リーダーの子供が冷ややかな声で他の子供を促した。
「わかってる、わかってる」
「はい、はい」
「おい、あいつを抑えるの手伝え!」
子供達はそう言いながらメリッサを囲む輪を縮まる。そして多くの手が彼女に伸ばした。
「ヤメテッ!コナイデ……ヤメテ!」
メリッサは必死に手でマスクを押さえながら抵抗するが、精々手一つと足二つには多くの手に勝てるはずがなかった。
最初はマスクが奪われた。
「よく見れば不気味けど、これ魔道具の類じゃん。高く売れるぜ!」
次は服も脱がされた。
「その割りにこの服は普通だな。」
冬の中で薄い下着だけ残されたメリッサは手で顔を覆って体を丸くさせた。目は絶対に見せようとしない。
「ってか、なんであいつはさっきから必死に顔を隠しているか?」
「知らねぇよ。」
「もしかしてすごくブスとかっすか?」
「そうは見えないが?」
「見てみる?」
「勝手にしろ。」
「じゃあー。」
子供の一人の手がメリッサの顔を抑えている手に伸ばそうとした。
その時。
「お前達彼女からはなさんか!」
一つの大きい声が走っている足音とともに駆け寄った。
「やべっ、通報されたかもしれねぇ。早く逃げるぞ!」
「おっ、いつもの所でな!」
子供達は声の持ち主が到着する前に寒さで雪の中に震えているメリッサを残して一目散した。
「大丈夫か?ごめん、探すのに時間掛かっちゃった。」
駆けて来たアロンは自分が着ているローブをメリッサの上に掛ける。そして怒りにかられた彼は子供達を追い掛けようとした。
「あのガキ共め!」
しかし走り出そうとするアロンは何かに服を引っ張られて動きを止められた。振り向いた目の先にメリッサが自分を無言のまま凝視している。何かを懇願しているにも見えた。
「……。」
アロンは一つ深呼吸をしてから息を吐いた。
「……。ごめん、ここにいるから安心していいよ。」
「……、うん。」
暫く、二人の間に無言が続いた。先に声を発したのはアロンの方だ。
「……まずはこんな所から離れて、家に帰って別の服に着替えようか。」
アロンは目の前に雪の中に蹲っているメリッサを抱き上げた。自分の胸に頭を当てるメリッサを抱えながらアロンはそこを立ち去った。
「ただいまー。」
「オカエリナサイ。晩御飯デキマシタ。」
アロンはローブを入り口の傍にあるフックに掛けてテーブルまで歩いた。椅子を引き出して座ったアロンはメリッサにお礼を言う。
「ありがとう。いつも悪いね。」
「ヘイキ。ヒマダカラ。」
メリッサは料理をテーブルに運びながらそれを言った。
「そうか。頂きまーす。」
「イタダキマス。」
この一言と伴って二人は食器に手を伸ばした。
「あの日、帰ったら翌日酷い風邪を引いたが、もう数日経ったし、もう大丈夫か?」
「ハイ。アロンさんノお陰デス。」
「そんな事ないよ。始めて風引いた人の面倒を見るから知らないことばっかりだ。」
「それデモデス。」
「そうか。」
笑みを浮かびながらアロンは笑った。
「ところで俺は思う、あの事が二度と起きないように君に身を守る術を教えようと。」
「それはイイと思いマス。お願いシマス!」
メリッサはどうやらそんな思いはもうしたくないだろう。いき良く頭を縦に振った。
「それにそれを覚えたら冒険者にもなれる。」
「冒険者……デスカ?」
「はい。冒険者ってのは冒険ギルドでクエストを受けてそれをクリアし、お金をもらう職業だ。傭兵に近いかもしれない。魔の物退治用のってな。魔族の方の『スウィープ』と同じだ。」
「ソウなんですカ。アロンさんはソノ冒険者って職をシテイマスカ?」
「そうよ。」
「ではワタシは退治サレル?」
「……しない。」
アロンは自分の考えなさを気づいた。
「ごめん。配慮が足りなかった……。」
「ヘイキ。分かってイマス。アロンさんはホカの冒険者とチガいます。」
メリッサは目を下に向いて続いた。
「……ソレニ、ソノ方が逆にアンゼンカモシレマセン……。」
晩御飯の後、アロンは袋から一つの小包を取り出してテーブルの上に置いた後、メリッサの方へ押し寄せた。
「これ、今日帰りの途中で見つかった。失くしたあのマスクの代わりと思って買った。」
メリッサはマスクのことを思い出して少し暗い顔したがすぐに元に戻した。目の前のその小包を受け取って包装を開けて中身を見る。
「コレは?」
小包の中は笠と思われた物があるが、その笠が蚊帳みたいな半透明な布と繋がっている。
「それはつぼ装束って言う東に位置するある島国の衣装の帽子の部分だ。笠は確か店長さんが……イチメガサと呼ぶか?その単語が難しくてよく分からなかった。とにかく笠だ。それとその半透明な布は虫の垂れ衣というらしい。ちなみに店長さんにその虫の垂れ衣ってやつを胸の近くまで短くにするって頼んだから身動きはやすいはず。」
「……ツボ?ムシ?ナンデスカ?」
メリッサはまったく理解できない顔をしながら首を傾けた。
「えーっと、ごめん、難かしいだよな……。とにかく、これをあのマスクの代わりってことだ。」
「分かりました。」
「……意外とあっさりオッケーしたよね……前は帽子の類がいやじゃないか?別に好きじゃないなら受け取らなくてもいいんだぞ。」
「イイエ。これでイイです。」
「それならいいだけど……。」
アロンはなんで彼女がそれでいいかまったく分からない時、メリッサはそれを試しに頭に被った。
「ドウデス?」
「……うん。布越で顔はぼんやりになってて目どころか五官すら見えない。結構いけると思う。」
「ソレハ良かったデス。」
メリッサは頭を縦に振って笠を外した。
「身をマモルためのベンキョウはイツからハジメマス?」
「……明日からはどうだ?夕方か朝一番になるが?」
「ヘイキです。」
「分かった。じゃあ共通語の勉強を始めよっか。今日からは魔族の言葉をオレに教えたい」
「ナンデ?」
「魔族の本とか手に入れたら読めるからだ。それに君の共通語の勉強にもためになる。」
「ワカリマシタ。」
更新が遅れてしまい申し訳ございません。最近はだんだん忙しくなっていてなかなか書く時間がなくて。
これからの更新ベースが遅めになると思っていますが、なるべく早く書きますのでご了承ください。